第一章 幽霊司書の友情論

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 にわかに教室が静まり返る。  自分は案外はっきりものを言えるのかと、少し意外だった。  今までこんなことを言ったら相手に嫌われるんじゃないか、場が白けてしまうんじゃないかと思って、私はずっと言葉を飲み込んできた。  そうやって言葉を自分の内側に溜め込むたびに、行き場を失った感情がどんどん重くなって、時にちくちくと痛みを持つことを感じつつも、気付かないふりをし続けた。  目の前の女の子の顔を、ちらりと盗み見る。  困惑したような、少しつまらなさそうな顔で、彼女は一緒にいた友達の顔を窺っていた。彼女の友達もまた、どうすればいいか分からないといった顔で、私と友人を交互に見回す。  やがて「意味わかんない」と小声で毒づくと、彼女は友人たち  引かれただろうか。  ノリが悪い子、自己主張の激しい子というレッテルを貼られたかもしれない。現にクラスの子たちは私を遠巻きに窺っているが、決して話しかけてこようとはしない。  でも言いたいことを吐き出した今、胸にわだかまっていたものが溶け出してゆくのを感じた。  ――――私は「あの子」じゃないし、あの子は私じゃない。  だから相手のことが分からなくても、陰で嫌われていたとしても、裏切られても仕方ない。  私たちはきっと、時にどうしようもなく分かり合えない生き物なんだろう。  私を陥れたあの子を、私は恨んでもいい。許せなくても仕方がない。  けれどいつまでも過去に囚われて、立ち止まっている必要はない。  そう思った瞬間、体の震えがすうっと止まった。  私は私でいい。他の誰にもなれないし、他の人のことが分からなくていい。  きっと他の人も、私のことなんて分からないのだから。  裏切られても、惨めでも、一人ぼっちでも、自分だけは自分を信じてあげようと、今は肩の力をぬいてそう思える。  その日の夜、私は事件から半年が過ぎて、ようやく彼女の連絡先を削除し、スマホのメッセージアプリやSNSをブロックに設定した。  その一件で、何かが大きく変わったということはなかった。  強いて言えばクラスメイトから変わり者のレッテルが貼られ、私は以前にも増して教室内で孤立し、図書館通いに拍車がかかったくらいだ。  けれど孤立していても、不思議と寂しくはなかった。  学園生活のかたわら、私はたくさんの本を読んだ。  図書棟の蔵書は前の学校より充実していたし、何より幽霊司書・五十鈴先生という優れたナビがいるため、読書生活はかなり(はかど)った。  塾や教室より、図書館で本を読んでいる方が性に合った。  昼休みも放課後も図書館に通い詰めているうちに、三学期を迎える頃には中等部の図書委員長の森さんという子と仲良くなった。 「山ぐっちゃんはさ、いつも本読んでるよね」  そう言う森さんは初等部の頃からずっと図書委員を務め、毎年「多読賞」の受賞者に選ばれるという筋金入りの図書委員長だ。 「森さんほどじゃないけどね」 「でも、いつも図書棟にいるじゃん。高等部になったらさ、図書委員やってみない?」
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