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第二章 朝読書のすすめ
私立時邱学園の図書棟は、午前七時から午後六時半まで開いている。
朝、昼、夕方に図書委員がカウンターと書架整理に二人ずつ。
意外にも図書棟が一番混み合う時期は定期テスト前の放課後ではなく、一学期の中間テストが終わった翌週、六月初日の「朝」らしい。
何故なら、朝読書が始まるからだ。
「文学少女、初日の朝にカウンター当番当たってたね」
「えっ」
三階の閉架書庫で本を返す私に不吉な予言を告げるなり、幽霊司書こと五十鈴先生は底意地の悪い顔でにやにやと笑った。
吊り気味の目がきゅっと細くして唇を吊り上げた彼女は、チェシャ猫のように背が低い棚に肘をついて寝転ぶ。
図書館司書にあるまじき行儀の悪さだった。
「六月は一番忙しいからね。まあ、慣れるまで気合い入れて頑張れ」
六月から朝読書週間が始まるから各自、本を忘れず用意しておくように。
当日の朝、図書館は混雑するため、なるべく前日に借りるか家から持ってくるのが望ましい。
事前にそう告知されていたにも関わらず、朝のホームルームが始まる前に図書棟に駆け込む生徒が多いせいなのだ五十鈴先生は言っていた。
六月から一か月の間、初等部から高等部まで一斉に「朝読書週間」が始まる。朝のホームルームが終わってから十五分間、各自が用意した本を読む時間が設けられるらしい。
そこで読むのは家から持ってきた本でも、学校で借りた本でも構わない。
しかし教科書や参考書、マンガ、雑誌やライトノベルは一切禁止だ。
そして五十鈴先生の予告通り六月二日の月曜日、よりによって朝読書週間初日の朝カウンター当番にあたってしまった私は、カウンターに並んだ大勢の中・高等部の生徒たちの貸返処理を必死にこなしていた。
この学園の図書棟は、初等部から高等部までが利用するため、とにかく利用者が多い。
途切れることのない手続きに手間取っている間にも、ホームルームの時間が刻一刻と近づいてくる。
一区切りついたところで、すかさず返却された本を書架に戻しに行く。
しかし本を探す生徒たちで混み合う小説の棚は、返本すら一苦労だった。
初等部や中等部の子たちは何もいわなくてもサッとどいてくれるが、上級生は「すみません」と声をかけるまで気付いてくれない。
いつもは静かな図書棟は、今日は大勢の来館者でにぎわっている。
やっとの思いで返本を終え、カウンターへ戻ろうとした、その時。
「――――朝読書とか、マジかったるい」
目の前から聞こえた声に、思わず顔を上げた。
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