第二章 朝読書のすすめ

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「一限から小テストあるのに」 「本なんか、わざわざ時間とって読む必要なくない?」  返却された本を棚に差し戻しながら、何気なく耳を傾ける。  差し迫るホームルームの時間をさほど気にする様子もなく、高等部の制服を着た三人組はスマホをいじりながら、書架の合間でめいめいに愚痴を言い合っていた。 「そうそう。っていうか、まず何借りればいいの?」  自分の借りたい本を借りればいいのにと思う。  壁には朝読書週間に向けて、先週、図書委員で作ったオススメ本一覧が貼り出されている。それに気付いてないのか、そこから選ぶことすら彼女たちには面倒なのか。  校章の色は、私たちと同じ一年生の青。毎年続く習慣にわざわざ文句をつけるあたり、おそらく外部の……他の中学校からこの学園の高等部に編入した子たちだろう。 「センセーに聞けばいっか」  そう言って、彼女たちはちょうど通りすがった司書の遠山先生を呼び止めた。 「あのぉー、朝読書ってオススメの本って何借りればいいんですか?」  遠山先生は立ち止まり、三人に向き直る。 「なんでもいいんですけどぉ」 「どんな本がいいんですか? 小説でも色々あるし、手記や歴史物も興味のある作家やジャンルが……」  尋ねようとした先生を、女の子は「別に」と遮る。 「そういうの別に無いんで、ホントになんでもいいです。テキトーなオススメの本で」  本人は何気なく言ったつもりかもしれない。  しかし投げやりと無神経が過ぎる言葉は、相手に失礼だ。内心イラッとしつつ、それでも手は止めず、彼女たちに耳を澄ませる。 「……ありません」 「は?」 「適当に薦められる本は、ここにはありません」  怪訝そうな女生徒に向かって、遠山先生はごく穏やかな声で話し続けた。 「あなたたちの背後に貼ってある、オススメの本の紹介ポスターは見ましたか? それを見ても決められなかったら、また声をかけてください。あと棟内はスマホの利用禁止です。鞄かポケットにしまっておくように」  あからさまに不貞腐れた顔をする三人を一瞥し、遠山先生はそう言い残して踵を返した。  図書委員になって、もうひとつ知ったことがある。  生徒たちに「図書棟の主」と呼ばれる古株の図書館司書・遠山先生は、温厚そうな外見とは裏腹に、かなりハッキリ物を言う。  図書棟の秩序に厳しい人で、書架整理がいい加減な委員には指摘するし、棟内でマナーの悪い生徒も容赦なく注意する。  小学生から高校生まで、幅広い年齢層の生徒が一堂に会するこの図書棟が、きちっと秩序を保っているのはひとえに遠山先生の指導によるところが大きいのではないか。
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