第二章 朝読書のすすめ

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 遠山先生を煙たがる生徒はそれなりにいるようだったが、私を含めた図書棟の常連の生徒はそれを頼もしく思っていた。 「あちゃー、遠山先生ヤバいかも」  しかしもう一人のカウンター当番だった森ちゃんが、難しい顔で私に耳打ちする。 「ヤバいって、何が?」 「苦情入るかもしれない。新島さん……さっき先生が注意した子、同じクラスなんだけどさ。親が結構モンペっていうか」 「モンペって……?」  きょとんとした私に、森ちゃんはさっと周囲を見回して声をひそめる。 「五月に教育実習で入って来た先生、突然辞めちゃったじゃん。あれ、新島さんのお母さんが学校に怒鳴り込んできたかららしいんだよね」  その件なら、私も薄々聞いたことがあった。  教育実習生として時邱学園に一ヵ月赴任することになっていた、大学四年生の若い女の先生。名前が出てこないが私も数回、彼女の授業を受けたことがる。  その教育実習生は期間満了を待たず、ゴールデンウイーク前に学園を去った。生徒には「ご家庭の事情」と詳細を濁したが、人の口には戸が立てられないもので、保護者とのトラブルで辞めたともっぱらの噂になっている。  友人が少ないため、噂話に疎い私は、そのトラブルの元凶が先ほどの女の子だと今知った。 「まさか遠山先生に注意されたから、さっきの子のお母さんが怒鳴り込みに来るってこと?」 「だって新山さん、すごい目で先生にらんでたし」  森ちゃんは心配そうだが、私は楽観視していた。  図書棟での私語やスマホ利用の禁止はルールだし、遠山先生は普通に注意しただけで、体罰や暴言をしたわけではない。 「でも苦情入ったとしても、遠山先生は何も悪くないじゃん。さっきのは普通にあの子たちが悪くない?」  そう返すと、森ちゃんは何ともいえない遠い目をした。 「そういう常識とか正論が、通じる相手ならいいけど……」  返ってきた本の返却作業が終わらないうちに、ホームルームの予鈴が鳴ってしまう。  やむなく作業を中断し、私は森ちゃんと一緒に教室へ戻る。  一限目の授業が始まる頃には、私はすっかりこの一件を忘れてしまっていた。  しかし翌日、彼女の危惧は的中することになる。  異変に気付いたのは、翌日の放課後だった。  朝、図書棟に行った時は遠山先生がいたのに、放課後の委員会では顔を見せず、かわりに副顧問の萩下先生が来た。
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