第二章 朝読書のすすめ

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「遠山先生、早退したのかな?」  ブックカバーかけとラベル貼りの作業中、何気なく尋ねた私に、森ちゃんは周囲を(はばか)るように声をひそめる。 「ちがうよ。ほら、昨日の……」 「昨日のって?」 「新島さんのお母さん、やっぱり苦情入れに来ちゃったっぽい。遠山先生に」 「えっ」  夏風邪でも引いたのだろうかと思っていたのに、寝耳に水だった。  思わず声をあげた私を、向かいの席に座っていたクラスメイトの河野くんが怪訝そうに見上げる。 「え、どした。何の話してんの」 「それが……」  森ちゃんがかいつまんで事情を話す。  一通り説明が終わると、河野くんは「あー」と眉をひそめた。 「新島って確か、前も同じことしてなかったっけ」 「ああ、教育実習の先生の。こういうのってさ、どっちが正しいとかじゃないから嫌だよね」   森ちゃんは高校生ながら、世間や社会というものがどういうものかを知っていた。  後に私は自分がいかに世間知らずの頭でっかちで、転校前にいた中学校の事件から何も学んでいないかということを突き付けられた気がする。  うつむいた私の顔を、河野くんがのぞき込んだ。 「山口さん、遠山先生のこと心配してんの?」 「心配っていうか、その……」  上手く返事ができず、口ごもる。その時、私は無意識のうちに作業の手が止まっていたことに気付いた。  翌日も、またその次の日も、遠山先生は図書棟に姿を現さなかった。  遠山先生がマナー違反の生徒を注意しただけで、モンペに苦情を入れられたという噂は、図書委員たちの間ですぐに広まってしまった。
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