第二章 朝読書のすすめ

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 わずかに声を低くした私を、五十鈴先生が怪訝そうに窺う。 「なに、ずいぶん気にしてるじゃん」 「だって――――」  「さっきさ、同じクラスの図書委員の子に本返しといてって頼んだの」  しかし反論しようとしたその時、階段の下から響いた聞き覚えのある声に、思わず口を閉じた。 「!」 「そしたら、そういうのは禁止されてるからって断られた。わけ分かんない。そんなの、フツーに黙ってれば分からなくない?」  一昨日、遠山先生が注意した子によく似た声だった。確か、新島さん。  非常階段では時々、下の階から響く喋り声が響いて来る。障害物がなく密閉された空間では、音が響きやすいからだ。  とっさに口を(つぐ)む。五十鈴先生も手摺りから身を乗り出し、興味津々な様子で聞き耳を立てていた。 「そういえば図書館の先生、亜依(あい)のママに苦情入れられてからずっと休んでるじゃん。もしかしてクビ?」 「まさか。あの先生、私とママに逆に説教したんだよ」 「え、待ってなにそれ? 説教?」  遠山先生が、新島さんとモンペのお母さんに「説教」……?  とっさに耳をそばだてる。せまく奥まったお手洗いに、素っ頓狂な高い声がよく響いた。 「じゃあ、どうして学校来てないの?」 「知らないよ。こっちが聞きたいし、そんなの。……ねえユッコ、私のかわりに図書館に本返しに行って来てよ」 「大丈夫だって亜依。そんなにメンタル強い人なら、もう気にしてないって」  どうやら遠山先生は処分を受けたわけではないらしく。ホッと胸をなで下ろす。  では何故、先生は学校を休んでいるのか。加えて、先ほどの「説教」という言葉がきになって仕方がない。 「……ママになんて、愚痴るんじゃなかった」  新島さんの声が、わずかに低くなる。 「亜依んちのママ、過激だもんね」 「私のこと守ろうとしてくれるのは、分かってるんだけどさ。単なる愚痴をいちいち間に受けてクレーマーになんの、本当やめてほしい。ただ聞いてほしいだけなのに……」  声が湿り、ぐす、と鼻をすする音がした。  新島さんのお母さんはともかく、彼女自身は遠山先生をクビにしたいわけではなさそうだった。  そう分かったとたん、急に盗み聞きしていることに罪悪感がわいてくる。 「泣くなって。ごめん、亜依なりに気にしてたんだよね」 「ううん。……でも、あの先生まで辞めちゃったらどうしよう」
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