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第一章 幽霊司書の友情論
私立時邱学園の図書館には「守り神」がいる。
そんな噂があることを知ったのは、私が転校してから二カ月が過ぎようとしていた頃だった。
「神様って、本当に?」
「神様を見た人には、なにか良いことが起きるんだって。落とした物が見つかったり、告白が成功したり成績があがったり……」
なにそれ、と響いた甲高い笑い声が癇に障って、読みかけの単行本をバタンと音を立てて閉じた。
お喋りをしていた二人組がとたんに口をつぐみ、私をちらりと見る。
私語禁止。彼女たちのすぐ背後にある貼り紙の字が読めないのだろうか。
それとも貼り紙の存在自体に気付いてないのか。
図書館で騒ぐ人種って、好きになれない。
そう思ったのも束の間、恥ずかしさと自己嫌悪の大波が襲ってくる。
――――やってしまった。
イライラして、余裕がなかったからだ。お喋りくらいスルーすればよかったのに。
イライラするのは怒りが半分、残り半分は妬みだ。
彼女たちみたいに気の合う者同士で一緒に行動して、おしゃべりして笑いあうこと。大多数の人が「当たり前」に出来ること。
なのに今ははそんな「当たり前」のことが、私にはどんな勉強より難しく感じてしまう。
こんなことをいつもより強く意識してしまうのも、きっと現国の小論文の課題のせいだ。
そんな八つ当たりじみた責任転嫁を心の中で繰り広げながら、私は席を立った。ちょうど司書の先生が階段を降りてきたため、カウンターで本の貸し出し手続きを済ませる。
しかし、昼休みはまだ20分も残っていた。
時間を潰さないと。
小さくため息をついて、私は三階へと階段をのぼった。
書架の奥をのぞけば、壁際の低い棚に座っている女性が目に入った。窓から外を眺めていたが、私に気付いてぱっと顔を上げる。
その人の体は今日も、相変わらず半分透けていた。
小柄な細身の体に、肩で切りそろえたおかっぱの髪。服装はいつ見てもぱりっとした白いブラウスに、細かい縦襞の入った辛子色のスカートだ。
「おっ、来たな文学少女」
黙っていれば実年齢より確実に若く見えるし、小動物系というか結構可愛い顔をしているのに、口を開けばいつも男の子のようなあけすけな喋り方をする。
先ほどの子たちが言っていた「守り神」とは、まさかこの幽霊司書のことだろうか。そんな疑問が浮かんだが、すぐ打ち消した。
神様がこんなに馴れ馴れしくてざっぱくらんなわけがない。
「だから文学少女じゃありません」
彼女に限った話ではないが、図書館に通い詰めているからといってすぐ「文学少女」だと決めつけるのはいかがなものかと思う。
私は文学以外の本も読むし、むしろ文学以外のジャンルの方が読んでいる。小説とかライトノベルとか、歴史とか画集とか。
「友情についての本って、なんかないですか」
「なに、友達いないの気にしてんの? 転校してからまだ二ヵ月なんだから、焦ることないって」
軽い口調で言われた言葉だったけれど、胸の奥がチリッとささくれ立った。
冗談なのか嫌味なのか、それとも単純に心配されているのか。
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