第二章 朝読書のすすめ

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「クビになったわけじゃないんでしょ? だったら大丈夫だよ、きっと」  彼女も彼女なりに、今回の顛末を気にしているようだった。  新島さんの家庭事情は、私には分からない。  けれど自分の母親を「クレーマー」と呼んで、陰でこっそりと泣くことしか出来ない程度には、深刻なものを抱えているようだ。 「元気だしなって。そうだ、明後日『きみ恋』観に行こうよ。亜依、観たいって言ってたじゃん」 「ありがとう……あれ、いいよね。 私もう二回も観に行ったけど、三回目いっちゃおうかな」 「三回って地味にすごくない?」 「だって面白いんだもん」  しかしそれきり話題は今話題の『きみ恋』という映画を見に行く計画に移り、彼女たちの声も遠ざかっていってしまう。  声が聞きとれなくなると、五十鈴先生はなんとも言えない顔でボソッと呟いた。 「……立ち直り早いな。まあ箸が転んでもおかしい年頃とは言うけどさ」  彼女たちと同い年の私はなんとも言えない。 「それはそうと、もしかすると遠山先生へこんでるかもね。元気なかったら、それとなく励ましてあげなよ」 「へこんでるって……あんな苦情、遠山先生が気にする必要なんか」 「違う違う。あの先生、意外とはっきりモノを言うでしょ。だから時々、注意された子が怖がって図書棟に寄り付かなくなっちゃうんだよ。それを気にしてるの」  それからも遠山先生は図書棟に姿を現さないまま、朝読書週間は五日が過ぎようとしていた。  二週目からは朝にカウンターが混み合うこともなく、図書棟はいつもの静けさを取り戻しつつあった。返却された本を棚に戻していたその時、ふと背後を風が通り過ぎていったような気がして、とっさに振り返る。  すると本棚の前には、珍しい人の姿があった。 「よっ、文学少女」 「五十鈴先生……?」  いつもは三階から滅多に下りてこないのに、珍しい。  するとカウンターにいた河野くんが、不思議そうに顔を上げた。 「山口、今なんか言った?」 「え? ううん、独り言」  あわてて首を振り、手に持っていた最後の一冊を棚に戻す。  河野くんだけでなく、周囲にいる生徒や副顧問の先生も、誰一人として五十鈴先生の方を見ていなかった。  前々から薄々気付いてはいたが、やはり彼女の姿は私以外の人には見えないらしい。  周囲の目を気にしつつも、他の人に聞こえないよう「どうしたんですか」と尋ねる。  すると先生は私に手招きし、出入り口の扉を指差した。 「ねえ、ちょっと出入り口の外を見てきて」 「え?」 「いいから、いいから。お客さんだよ」
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