第二章 朝読書のすすめ

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「お客さん?」  首をかしげつつも出入り口の扉を開いた瞬間、そこには見覚えのある人物の姿があった。 「あ」  間抜けな声を漏らす私を、新島さんが不審そうに見る。  あわてて「あ、どうぞ」と道を譲るふりをして、私は引き戸を全開にした。  新島さんは目が合った瞬間、少したじろいだものの、気を取り直したように持っていた本を私に突きつけた。 「……図書委員の人? これ、返しといてくれる?」  学年章の色で同級生だと分かったからだろう。  少し砕けた口調でそう言った。 「あの、自分以外の人の本の貸出や返却は、あらかじめ代理手続きのプリントを提出してもらわないとできないから」  そう断ると、新島さんは「そうなんだ」とわずかに落胆の色を浮かべた。 目のふちがほんのり赤いことに気付く。 友達に付き添ってもらって来ることもできただろう。でも、彼女はあえて一人で来たのかもしれない。 「あの」  くるりと背を向けた同級生の女の子を、とっさに呼び止める。 「オススメの本あるんだけど、返すついでに借りてかない?」  新島さんは驚いたように私を振り返った。 「えっ? ……いや、私は別に」 「今、遠山先生いないから大丈夫だよ。朝読書にどう?」  苦し紛れにそう誘うと、意外にも「じゃあ」と図書棟にすんなり入ってくれた。 「オススメの本って、なに?」  新島さんが借りていた本の返却手続きを済ませてから、私は自分の鞄から一冊の文庫本を取り出した。 「この本」 「これって『きみ恋』?」  文庫本を手に取り、映画のワンシーンの写真が使われた表紙をしげしげと眺める。 「うん。原作じゃなくて、ノベライズ版だけど」 「原作? ノベライズって、なに?」 「原作は映画のもとになった作品のことで、ノベライズは映画を小説にした本のこと」  彼女たちが観に行こうとトイレで言っていた『きみに恋した赤い冬』、通称『きみ恋』は気鋭のミステリー作家・柚本梨々架が去年に出した同タイトルの長編小説が原作となっている。  私はすでに原作を読んでいたが、彼女たちの話を聞いた後、なんとなく映画も気になってノベライズ版を借りてみた。  今までは原作派で、ドラマでも映画でも実写化にはどちらかと言うと反対の立場だったけれど、実際に読んでみるとノベライズもなかなか面白い。 「じゃあ、映画とまんま一緒ってことじゃん」 「大体は同じだけど、作品によってはストーリーが少し違ったり、映画で出てこなかったエピソードが収録されてたりするらしいよ」  そう伝えると、新島さんの顔にわずかに興味の色が浮かんだ。 「そうなんだ。っていうか、なんで私がこの映画好きなこと知ってんの?」 「だって、そのキーホルダー」  トイレで盗み聞きしたとは言えないので、スポーツバッグにつけられたラバーキーホルダーを指差す。  文庫本の表紙に写った主人公のカバンにも、同じデザインのキーホルダーがついている。『きみ恋』の作中で主人公が親友とおそろいで買う、化け猫のゆるキャラのイラストが書かれたものだ。 「借りるなら、手続きするけど」  幸い、予約は入っていない。  私が返却して、その場ですぐ新島さんに借りてもらえば問題はない。 「でも……やっぱ私、気まずいからやめとく」
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