第二章 朝読書のすすめ

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 翌週の月曜日、私はいつもより早めに家を出た。  七時過ぎの学校は静かで、グラウンドや体育館で朝練をする運動部の子たちの声が外から聞こえてくる。  図書館はすでに開いていたが、一番乗りの遠山先生の他はまだ誰も来ていない。 「おはよう、山口さん。あれ、今日カウンター当番だった?」 「おはようございます。ちょっと、読みたい本があって」  挨拶もそこそこに、三階へと階段をのぼる。  閉架書庫の一番奥、非常階段の扉の前には、いつも通り五十鈴先生が棚に腰かけていた。 「おはよ。珍しいね、いつもより早いじゃん」 「おはようございます。あの……」  言い淀んだ私に何かを察したように、五十鈴先生はすっと立ち上がる。  そして背後の非常出口の扉を指差した。話ならそこで聞いてやる、という合図だ。  館内は私語禁止だから。  この人はやっぱり司書なんだと、こういう時に改めて実感する。 「……すみません。金曜日に私、先生は昔の人だから分からない、なんて言って」 暗くこもった非常階段に、小さく抑えた私の声が反響する。 「そんなこと気にしてわざわざ来てくれたんだ。几帳面だなあ、文学少女は」 「先生はもしかして来館者のプライバシーを尊重して、あまり二階に降りてこないんですか?」  遠山先生がいつも言う、図書館運営に携わる者のマナー。  この学園に限らず、図書館では絶対に守らなければならない「三猿」がある。  人が何を借りたり読んだりしているか見ない。聞かない。口外しない。  私の他に、目の前の幽霊司書を見える人がいるのかそうでないのかは分からない。  でも五十鈴先生は滅多に閉架書庫を離れないし、自分からは私に話しかけない。  たまに「面白い本はないか」と尋ねれば古い小説を教えてくれるし、その本の感想で盛り上がったりすることはあるけれど、彼女は私が借りる本に口を出すことはない。  五十鈴先生が幽霊になっても図書館における「三猿」を守っているのではないか。出会ってから9カ月が経つのに、先週の一件で私はようやくそれに気付いた。 「そうだよ、今さら気付いたの? 見直したでしょ」 「……ちょっとだけ」 「ちょっとかい」 自分の突っ込みがツボに入ったのか、五十鈴先生はからからと笑う。 「あの」 「うん?」 先生はどうしてずっと図書棟(ここ)にいるんだろう。 前から気にはなっていたが、軽々しく聞くのもなんととなく躊躇(ためら)われて口をつぐんだ。 「……いえ、なんでも」 「そっか」  七時四十分を回れば図書当番の子たちもそろい、ちらほらと来館者が訪れはじめる。  朝読書習慣も一週間が立った今、朝の混雑もだいぶ落ち着きはじめていた。  窓の外ではしとしとと小雨が降っている。  梅雨があけるのはまだまだ先だろう。  二階に戻るとちょうど見覚えのある女の子が、金曜日にオススメしたノベライズを片手にカウンターに並ぶのが見えた。
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