第一章 幽霊司書の友情論

2/12
前へ
/25ページ
次へ
 同時に自分の余裕のなさを見透かされてるのが、腹立たしくも恥ずかしいような、なんともいえない気分になる。  ざっぱくらんな喋り方をするくせに、この幽霊は意外とよく人を見ている。 「あるんですか。ないんですか」 「可愛げないなあ、この優等生……」  なるべく素っ気なく返した私に、幽霊は少し興を削がれた顔でくるりと背を向けた。 「あるよ、こっちおいで」  転校初日に遭遇(そうぐう)した幽霊……五十鈴(いすず)透子(とうこ)と名乗る目の前の女性は五十年前、この図書館で司書教諭をしていたらしい。  本人いわく「図書館の外に出られない」らしく、確かに私も彼女を図書館の外でお目にかかったことがない。  特定の場所にのみ出没する幽霊って、何か名前があったはずだ。  そう、確か………… 「地縛霊……」 「ん? なんか言った?」 「いえ、なんでも」  とっさに首をふると、幽霊司書こと五十鈴先生は怪訝そうに「本当に?」と首をかしげる。 「まあいいや。ほら、あったよ。これなんかいいんじゃない?」  五十鈴先生は気を取り直したように、一番奥の棚の前で立ち止まった。  差された人さし指の先をたどれば、そこには一冊の文庫本の背表紙がある。  タイトルは何気なく背表紙を確認して、思わず二度見した。  『友情について』。質問そのままのタイトルである。   著者欄には「キケロー」と記されていた。 「…………キケロー?」 「プラトンの弟子」  古代ローマ時代の哲学者だと、以前読んだ『ヨーロッパの歴史』というマンガを思い出す。どんな偉人だったかすら、もはや記憶の彼方だ。  表紙にはいかにも古代ローマ人という感じの男性をかたどった、白い彫像の写真が載っていた。  一周回って新しい著者近影だと、頭の片隅でぼんやり思った。 「知ってる? 岩波文庫はジャンルによって背表紙の色を分けているんだよ。黄色は古典、緑は現文。外国文学は赤、法律や経済、政治、社会学は白。そして哲学は青」 「は、はあ……」  心なしか誇らしげな顔で、幽霊司書が使いどころの分からない豆知識を披露する。  確かに私は「友情について書かれた本」がないかと尋ねた。  でもよくある道徳倫理の本とか、友情をテーマに書かれた小説かYA(ヤングアダルト)、ライト文芸あたりをすすめられるのだろうと思っていた。  それが『友情について』というど直球なタイトルの、しかも古代ローマの哲学者の本を中学生相手に勧められるなんて、誰が予想できただろう。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!

56人が本棚に入れています
本棚に追加