第一章 幽霊司書の友情論

3/12
前へ
/25ページ
次へ
 昨日、国語の授業で出された小論文の課題のテーマがよりによって「友情」だった。  友情について自由に書きなさい、などと漠然としたことを言われても、友達がいない身としては何を書けばいいのか分からない。  だから図書館で適当な本を借りて、それを読んで適当な感想と自分の意見を書いて済ませるつもりだったのに。 「小説じゃないんですか?」 「小説が良かったんだ?」  質問を質問で返され、げんなりする。  そういうことは、本を探す前に聞くものじゃないだろうか。  以前教えてもらった本が面白かったから、さっきまでひそかに期待していた。何か面白い本を教えてもらえるんじゃないだろうかと。  でも今回はハズレだったな、と内心思う。  パラパラとページをめくるだけで、なんだか目が滑る。  翻訳された文章特有の硬さと読みづらさ。わずかに黄ばんだ紙にびっしりと並ぶ活字。  これほどそそられない本を、久しぶりに手に取ったような気がする。 「哲学、ですか」  そもそも「哲学」というジャンルがよく分からない。  なんだか観念的で小難しいことを、外国の学者っぽいひとがゴチャゴチャと言っている……という貧相かつ偏見も甚だしいイメージしかわかない。  しかし私の戸惑いに気付いているのかいないのか、五十鈴先生は 「文学少女にぴったりだろ」  と誇らしげに平べったい胸を逸らしてドヤ顔を浮かべた。 「はあ、ありがとうございます……」  満足げなところに水を差すのも気が引けるし、選び直してもらう時間もなかったため、私は渋々『友情について』を借りることにした。  ふと視線を感じて顔を上げると、幽霊司書が私をじっと見上げていた。  先生の視線が自分の目線より下にあるというのは、ちょっと不思議な感じだ。  不満に気付かれただろうかと思いきや、彼女は私の頭を指差し 「前髪、切ったら?」  と、珍しく教師らしいことを言った。  図書館を出ると同時に、スピーカーから予鈴が鳴り響く。  教室に戻らなきゃいけない。  そう思ったとたん、にわかに息が苦しくなった。自分の体が指先から痺れて、鉛のように重くなってゆく。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!

56人が本棚に入れています
本棚に追加