第一章 幽霊司書の友情論

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『下校の時刻になりました。校舎内に残っている人は、すみやかに下校してください。繰り返します……』  スピーカーから流れた校内放送に、ハッと顔を上げる。  閉じられたカーテンの合間からのぞく窓の外は、いつの間にか日が沈んで真っ暗になっていた。   翌日の昼休み、課題を終えた私は図書館に寄って『友情について』を返却した。  カウンターで本を返して小説を探しに向かうと、後ろから物言いたげな顔で、このとっつきづらい哲学書を勧めた張本人がついてくる。  図書館内は私語禁止。  私はため息をそっと漏らして、非常階段の入口へと向かった。 「ありがとうございました。おかげで小論文、書けました」  一応お礼を言うと、幽霊司書は誇らしげに胸をそらした。 「どういたしまして。面白かった?」 「……正直、読みづらかったです。目が滑るって言うか」 「だよねえ」 「え?」  真正面から聞こえた言葉に、一瞬耳を疑った。 「でも、小論文のネタにはなったでしょう?」  しれっと付け足した司書の幽霊を、まじまじと見る。 「小論文の課題のこと、知ってたんですか?」 「現国の吉田先生は毎年この時期になると、中等部にこの課題を出すからね」  思わず尋ねた私に、幽霊司書こと五十鈴先生はさらりと答えた。  五十年前からこの図書館に居付いているだけあって、彼女は妙なところでこの学園の事情に詳しかったりする。 「じゃあ、どうしてこんな…読みにくい本をすすめたんですか?」 「別にこの本じゃなくてもいいよ。武者小路実篤の『友情』でも、ボナールの『友情論』でも、きっかけに過ぎないんだから」 「きっかけ?」 「だって友情について論じろと言われて、何から書けばいいか分からないから本を探しに来たんでしょ。だからどんな本でも一冊読めば、そこから共感でも反論でもとっかかりが出来る。文学少女はけっこう読書量多いから、ちょっと堅い哲学書でもいけるかなと思っただけ」  悪びれずに言われ、唖然とする。  面白かろうが面白くなかろうが、友情についてさえ書いてある本ならなんでもいい……目の前の幽霊司書が言うことは、確かに正論だ。  現に私は「古代ローマの哲学者が論じる友情」というネタを手に入れたおかげで、自分が思っていたよりすらすらと原稿用紙のマス目を埋めることができた。  確かに正論ではあるけれど、なんだか納得できないのは、あの本が読みづらかったからだろうか。 「もし(すす)めた本が、相手に合わなかった時はどうするんですか?」  抗議のかわりに質問を投げると、五十鈴先生はきょとんとした。 「どうもしないけど」 「え?」
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