桜の裏には

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桜の裏には

東京は嫌いだ。 人が多いし、騒がしい。 それに、ここではよく奴らと会う。 「こんな所でどうしたのだ、総武」 「⋯⋯」 私よりも背丈の低い、東海道。 憎き国鉄の、始祖ということになっている路線である。 「特に用事はありませんわ。そちらこそ、根岸様はご一緒でなくて?」 「⋯⋯」 東海道は、固まり、震え出す。何となく察しがついた。 「ね、根岸は⋯⋯迷子なのだ」 つまり、はぐれたのだろう。 そこで、自分の失態に気づく。 ついさっき、用事はないと言ったばかりだ。なんという不覚だろう。 「どこではぐれたのです?」 「地下の広場だ。学生がたくさんいて、いつの間にか見失っていた」 それで、ちょこちょこと歩き回っていたと。 「電話はかけられないのです?」 「今日は忘れたと言っていた」 面倒なことになった。 この広大な駅の中で、どう探せというのだろうか。 「どこにお出かけなさいますの?」 「駅の周りをお散歩しようと思ってな」 それなら、確実にここに留まるはずだ。そして、散歩というのならば、外を回ってみれば済むだろうか。 「お探ししましょう。そのうち見つかりますわ」 「うむ。感謝するぞ」 「この辺りではないのか⋯⋯」 「次に参りましょう」 何分広いこの東京駅。見つけるのは非常に大変だろう。 全く、しっかり面倒を見て欲しいものだ。 東海道は、段々と口を開くようになってきた。 「そなたはいつも不機嫌そうな顔をしているな」 「元々ですわ」 「笑わないのか?」 「ええ、無闇には」 「そうか。わ、私はもっと笑ってもいいと思うぞ」 「善処しますわ。かくおっしゃいますあなた様はどうなのです?」 「む。私は威厳を保っていなければならないからな。高崎がよく言っている。私が誇りを持たねば、それは失礼に値する、と」 「ほう」 こいつは何も知らない。知らされなかった。 箱の中で、大切に守られていたのだろう。 果たしてその心は黒か白か。私にはわからない。 「もしもし」 振り返ると、桜色の瞳と目が合った。 そういえば、桜大と呼んでいたこともあったか。 「見つけた!根岸!」 「東海道が世話になったようじゃな。儂の目が行き届かず、迷惑をかけたのう」 「⋯⋯いいえ。大したことではありませんわ」 「総武よ、助かった!」 「構いません」 東海道は、そう言うと、足早に去っていく。 「とりあえずあっちに行くぞ!」 「転ばんようにな」 それを追おうとする根岸。しかし、ぴたりと足を止める。 「無駄なことは話していないな?」 背を向けたままでも有り余るほどの威圧。一瞬、背筋がぞっとした。 やはり、貴様はあちら側か。 「話されて困ることでもありまして?」 「⋯⋯」 根岸は、振り向かずにそのまま歩いていった。
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