折り畳みな奴ら

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「やっと見つけたよ。お前が『傘』だな?」  健吾は父親のお下がりの折り畳み傘に、そう語りかけた。 「よくぞわかった。俺は折り畳み傘。お前を雨から守ってやる存在だよ」  折り畳み傘もニヤリと笑う。皆が帰った空っぽの教室で、一人と一本が古い親友と再開したかのように、静かに微笑みあっていた。 「そろそろ行こう。日が暮れちまう。もっとも、雨雲が太陽隠しちまってよくわからねえんだけどよ」 「ああ。だがな、俺ぁ嬉しいぜ。雨の日はウキウキが止まらねえよ。雨はいいぜ? 涙も自分の価値観もプライドも、全部流してくれるからな」  フン、折り畳み傘のクセにくせえこと言いやがって。 「うるせぇやい。お前は俺を雨から守れ。頼んだぜ」  校門を出ると、早速折り畳み傘を開く。生意気にも自動開閉機能だ。ボタンをワンプッシュするだけで開く。俺が小学生の頃は手動使ってたからな。うっすい鉄製のボタンだか、なんだかわからねえちいせえ山みたいなやつを指痛めながら強く押してたモンなんだが。  帰路を辿るたび、雨が強くなっている気がした。上等だ、と彼らは笑った。 「おい! 雨の神様よ。もっと降らせてみろ。俺たちを、びしょ濡れにしてみろってんだ!」  彼らがそう叫ぶと、雨の神様がその挑発にのったのか、どんどんと強くなっていき、気づけば空間に隙間なく大粒の、チロルチョコくらいの雨粒が地面と彼らを叩いた。  意気揚々と雨と闘いながら歩いていると、見知らぬ五つ程の少女が木陰で泣いていた。 「おい、どうしたってんだ」  折り畳み傘は少女にそう尋ねた。少女は絞り出すように彼らに言った。 「お母さんと、はぐれちゃって。こんなに大雨だから、千春の声が聞こえなかったのかも」  健吾と折り畳み傘は顔を見合わせた。雨の神様に喧嘩を売り、雨を強くさせたのは自分たちだ。少しばかりの罪悪感に、一人と一本は表情を落ち込ませた。 「じゃあ、家まで送ろう。この傘を使いなさい」  健吾は膝を曲げて少女と同じ目線にすると、折り畳み傘を渡した。しかし、少女は困ったような顔をしていた。 「どうした?」 「知らない人から、物はもらっちゃいけないって……」 「知らない人? もう、知り合いじゃねえか」 「え?」と千春は健吾の顔を見上げた。 「雨の中、俺はいつも通りの帰り道で帰っていた。特別何かしたわけじゃねえ。でも、こうして君と会えた。これは運命だ。偶然なんかじゃ、ないんだ」  千春は、パッと表情を明るくすると、納得したように微笑んだ。 「うん、そうだね。傘借りる。でも、お兄ちゃんは?」 「俺はいいんだ。その傘が教えてくれた。『涙も価値観もプライドも、全部流してくれるからな』ってな。俺はこの大雨に流されてみようと思う。この俺の、全てを……!」  健吾は傘を千春に貸すと、全身に雨を浴びた。ああ、これが雨。皆が傘や申し訳程度のタオルで防ぐ、雨。こんなにも、こんなにも心地よいなんて。健吾は両手を広げた。ワイシャツと制服のズボンがぐしょぐしょに濡れ、健吾の体と一体化し、彼は生まれた時の姿のような開放感と自由を感じた。 「私もやる」  少女もそう言うと、折り畳み傘を置き、雨を受けた。普通ならもっと悲鳴やらなんやら上げるだろうが、彼女は微動だにせず、雨を感じていた。  数十秒雨を浴びたことを確認すると、折り畳み傘は千春に覆いかぶさった。 「もう充分だろ。風邪、ひくぜ?」  健吾と千春は、やはり運命で出会ったのだろうか。感じていることが、全て一緒だったことに、折り畳み傘は心底驚いていたが、同時に納得もして、苦笑した。 「まったく。蛙の子は蛙か……」  折り畳み傘は不敵に笑った。
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