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そう語りかけてから、魔法を使った。
まゆりが、魔法を使えると知ったのは、幼いころだ。孤児院で怪我をした子どもへ触れたところ、怪我が治ったのがきっかけだった。
まゆりが使える魔法は、治癒魔法。
学のないまゆりには、魔法とは何で、どういった種類があって、どういった原理で行われるのかわからない。魔法が万能であるとは思えないし、もしかしたらこの治癒は、まゆり自身の命を分けるという行為なのかもしれない。
だが、なんでもよかった。今は、レイブンを治療したい。
ややのち、レイブンの熱はひいていき、表情も穏やかになる。
ほっと、息をついたとき。
「まだ起きてたのか、お前」
「透!」
透が、外から続くドアを開いて、大広間に入ってきた。部屋を駆け抜けた冷風は、透がドアを閉めると同時に止まり、またぬくもりが部屋を包み始める。だが、一瞬で冷えた身体は、なかなか温まってはくれない。
「どこへ行ってたの? 寒いでしょ、こっちへきたら?」
「いらん」
透は、にこりともせずに、寝室とはまた別の方向――彼女が勝手に寝室として利用している物置へと向かう。
「ねぇ、透。私たち、もうすぐ十五歳だね」
歩いていく背中に向かって、声をかける。
「そしたらここを出て行かないといけないけど。でも、私は残ろうと思うの。弟や妹を見ないと。透は、どうするか決めてる?」
「俺は、ここを出て行く。……まゆり」
名前を呼ばれて、まゆりは微笑んだ。
透から名前を呼ばれることは、滅多にないのだ。
だが、肩越しに振り向いた透の目は、身を切るような冬さえも凍らせてしまうほどに、冷徹なものだった。
「この孤児院は、もうじき襲撃される。戦火に包まれる前に、邪魔者は消すらしい」
「……え?」
「この孤児院を、軍の駐屯地に使うそうだ」
「まって、どういうこと」
息を呑むまゆりに向かって、透は口の端を歪めて微笑んだ。開いた瞳孔には、狂気が宿っている。
「なぁ、まゆり。俺は、前の世界よりこの世界のほうがあってるかもしんねぇわ」
「――っ。それは、あの」
「転生した件について、恨んでねぇよ。むしろ、あっちで俺を殺してくれたことに関しては、感謝してるくらいだ」
まゆりは、口をひらいて閉じた。
言いたいことがあるのに、何を言いたいのか、伝えたいのか、言葉にできない。
透は、下卑た笑みを残して、部屋に戻って行った。
まゆりは、おのれの胸を掴んで、床に座り込む。
まゆりと透は、日本で生まれ育った。
だが、二十二歳の春。
二人で出かける途中で、事故にあって死んだ。
目が覚めたとき、まゆりたちはこの孤児院に、一歳に満たない姿でいた。おそらく転生したのだと考えられる。幸か不幸か、まゆりと透は前世の記憶をひきついており、ここで暮らし続けていた。
まゆりは、ぐっと拳を握り締めた。
(大丈夫、なんとかなるよっ!)
これまでも、なんとかなった。
だから、きっと、大丈夫。
そう自分を奮い立たせたとき。
派手な爆発音がして、身体に衝撃が走る。考える間もなく息が苦しくなり、吹っ飛ばされたと理解する前に、目の前が真っ赤に染まる。
身体が痛い。
息が出来ない。
(もうじき襲撃される、って。……もうじき、って、早すぎるじゃない)
透の言葉をかみしめる。
痛くて苦しい体は、同時に重くて、意識を繋ぎとめておくのが難しい。そもそも、真っ赤な視界しか見えない今、まゆりは起きているのか寝ているのか、それさえ判断しかねた。
ふいに。
ぷつん、と頭の中で何かが切れて。
まゆりの視界は真っ暗な闇へと落ち、意識も深く沈んで行った。
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