8人が本棚に入れています
本棚に追加
/25ページ
「字を書けないなら、書けないって言ってほしかったけど」
不満げに呟いたリズルだが、次の瞬間、軽く目を見張る。
「――契約できるね。これは字なのかい? 見たことがない。どこの国の字なのかな」
「私が生まれ育った、祖国の字。私の名前は、まゆり。まゆり・サクラノ」
「ふむ、まゆりか」
リズルは羊皮紙を膝に置くと、ペンを消して、銀のナイフを取り出した。まゆりの手を取り、親指に切っ先を添わせる。ちりっ、とした痛みのあと、赤い血がぷっくりと盛り上がり、羊皮紙にぽたりと落ちた。
リズルもまた、自らの親指に傷をつけて、羊皮紙に血を垂らす。
「くっつけて」
促されて、首をかしげる。
リズルは苦笑して、血の流れる親指同士をくっつけた。二人の血が混ざって、羊皮紙のうえに、ぽたりと落ちる。
その瞬間、身体を何かが駆け抜けた。まるで、大蛇が体の中をぐるぐるとうねっているかのように、自分ではない何かが侵入している違和感がある。
だが、そんな違和感もすぐに去り、呆然としているうちにリズルは己の指を離して、羊皮紙をどこかへ消した。
「はい、契約成立。これで、きみは正式に私の弟子だよ」
にっこりと微笑むリズルを見返して、まゆりは頷いた。
正直なところ、まだ思考が追い付かないでいた。
ただ、今を理解するのに、必死だった。
最初のコメントを投稿しよう!