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「斎藤、傘入れてくんない?」
両手を合わせて、西浦がコテンと首をかしげる。
中学二年生の男子学生がその動作をしてもちっとも可愛くはない。
昇降口の前で洋物の傘を手に、斎藤は大袈裟にため息をついた。
「……またかよ」
梅雨の時期だというのに西浦はいつも傘を持ってこない。
その理由は単純明快で、なんと女の子と相合傘をしたいからだ。
それがこの馬鹿、西浦の長年の夢だった。
靴を履き替え、斎藤は傘を広げた。柄の右側にそそくさと西浦が入ってくる。洋物の傘は大きく、男二人はいることはできる。
斎藤は西浦のほうに傘を傾けた。傘から落ちた水滴が、斎藤の肩を濡らす。
「だってせっかくの相合傘チャンスじゃん。これを生かす手はねえよ」
「相合傘したいって小学生かよ」
「いいじぇねえか。チャンスは自分で作るもんなんだよ」
口を尖らせながら西浦は不貞腐れている。ああそうと、斎藤は西浦の機嫌を受け流すように頷いた。
「俺に『傘入る?』って言ってくれる心優しい女の子が現れるの待ってんだよ。その子のこと絶対好きになるね」
夢見がちな女の子みたいなことを言う西浦に呆れがくる。たったそれだけのことで惚れる西浦の神経が理解できない。人を好きになるっていうのはそんな簡単な事ではないだろう。
「わかるきしねえな」
西浦は上機嫌に相合傘の良さを熱弁している。それを話半分に聞いていると、急に西浦の足が止まった。西浦の視線の先には本屋の軒先の下で、一人の女子学生が雨宿りをしていた。
「あの子、傘忘れたんかな」
見てわかることを斎藤に聞く西浦に「そうじゃねえの」とぞんざいに返事をする。すると西浦がぴょんと斎藤の傘から出ていった。突然の西浦の行動に斎藤は反応できなかった。
「おま、なにして」
「あの子のこと送ってやれよ。じゃあな!」
風のように雨の中を西浦は走っていった。西浦の行動はいつも突飛で、驚かされる。遠くなっていく背を見つめながら、斎藤はため息をついた。
そして視線を女の子に戻すと、バッチリ目が合ってしまった。西浦の言葉が頭をよぎる。もう無視することもできない。斎藤は西浦に恨み言を言いながら、女の子に近づいていった。
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