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「傘入る?」
横から傘が差しだされた。
骨が折れ、ボロボロのガムテープで補修してあるその傘は。
「……西浦」
「よっ。元気?」
ひらひらと能天気な顔をさらして、西浦がそこにいた。
手には斎藤の傘が握られている。
「……どうしたそれ」
「ん?んーと拾った」
ボロボロの傘を回しながら、西浦は何が可笑しいのか笑った。
その顔を見ていると、先ほどまで感じていたどす黒い気持ちが薄まっていく。
「なんでそんなボロ傘、拾ってんだよ」
「だってこれ大切なもんなんだろ?」
その言葉に、斎藤は虚をつかれる。西浦にあの傘のことを言ったことはない。なんで、どうしてという言葉は、喉元からせり上がってくることはなかった。
「普通傘とかってチャンバラしてすぐ壊すじゃん。けど斎藤ってこの傘に関してだけはすげえ丁寧に扱ってるなって。違った?」
首をコテンとかしげて、西浦が問いかける。
図星をつかれて、斎藤は何も言えなかった。
「……俺の親父のもんなんだ」
そして今は亡き、親父の形見だった。
小学生のとき、父親が自殺をした。病気を苦にしての自殺だった。
すぐに周囲に噂は広がり、いつしか斎藤は可哀想な子供となっていた。
その憐れみが、斎藤は死ぬほど嫌いだった。
父親は最後まで病気に抗っていた。
それを知らないやつらに、とやかく言われたくなかった。
だから一人で突っ張って、全てを拒否して、強がって生きていた。
「そっか。カッコいいもんなこの傘。俺も欲しいもん」
西浦は心底羨ましそうに言った。
その言葉に、嘘はないように思えた。
「だから俺と相合傘したがったのか」
斎藤の冗談に、ニシシと西浦は笑った。
「そうそう、ってお前な」
こつんと西浦が斎藤の頭を小突いた。
斎藤にここまで近づいてくるのは、西浦だけだった。
「斎藤、お前いい奴なんだからさ。もっと周りと溶け込めよ」
西浦の言葉を、斎藤は素直に受け止めることができた。
けれども斎藤は首を横に振る。
「……お前がわかってるならそれでいい」
ボソリと呟いた声は雨が落ちる音で、消え去った。
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