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ある日、父が男を拾ってきた。
「お腹を空かせて、可哀想だったから。何か食べさせてやってくれ、七瀬」
スリーピースのスーツを纏った、四十半ばの男ぶりのよい偉丈夫はコートを掛けながら微笑んだ。
まるで犬や猫について話しているかのような口振りだが、拾って来たのは紛れもなく人間だ。父の後ろに若い男が一人、立っている。
七瀬の目には、二十歳そこそこに見えた。
「可哀想だからって簡単に拾ってくるなよ。うちにはもう弦助がいるじゃないか」
「何言ってるんだい、七瀬。弦助は猫だろう。それに今更一人くらい増えたところで変わらないだろう? 頼んだよ」
十二月に入ったばかりとはいえ、今日の最低気温は1℃の予報だ。
それなのに裏ボアのついたパーカーを羽織っただけの男はふてぶてしくもポケット両手を突っ込んだまま、なりゆきを見守っている……と言うより、ただ眺めている。鼻の頭が赤い。寒いのだろう。まあ、そりゃそうだ。
「行くところがないみたいなんだ。しばらく、うちで預かることにしたから。二階の手前の部屋が空いてるだろう?」
「はっ……? うちで預かるって、どういう……」
七瀬は言葉を切った。父が言い出したら聞かないのは分かっている。
「では私は先にひと風呂浴びて、部屋の準備をしてくるから。食事の用意、頼んだよ七瀬」
そう言って父は自室のある二階に消えてしまった。〝彼〟を残して。
「はあ、まったくとんでもないオヤジだよ」
七瀬は聞こえよがしに溜め息を吐いて、若い男に向き直った。
一年ほど前、生まれて間もない弦助を拾ってきたときも、こんな風に唐突であった。とはいえ、さすがの父も、人を拾ってきたのは初めてだ。
七瀬はこの家のいわゆる〝まかないさん〟で、父をはじめとするこの家の同居人たちの食の一切を任されている。そして、残念だが本日の夕食は残り一食しかない。
「しょうがないから俺の飯をやるよ……心して食えよ」
七瀬は男を洗面所に案内し手を洗わせ、六人掛けのダイニングテーブルに座らせた。赤かった鼻の頭は肌色に戻っていた。
七瀬は自分のために用意していたハンバーグと味噌汁を温め、白飯をよそってやると「食えば」と言った。男は一瞬、飼い主の機嫌を伺う犬のようにちらりと七瀬を見やり、(ヨシ、と言うように七瀬は大きく頷いた)それから素直に食べはじめた。
彼の食いっぷりを確認し、七瀬も自身の食事を作るためにキッチンに向かった。
冷凍のご飯を温めている間に玉ねぎ、人参、小口ネギと豚の細切れ肉を細かく刻む。卵と高菜も加え、十分足らずで手早くチャーハンに仕上げる。余っていた味噌汁もよそい、男の向かいに座ると「あんた、名前は」と七瀬はたずねた。
「桐ケ谷……」
「下の名前もだよ」
「恵」
七瀬はふうんと興味なさそうに相槌を打った。それから何ということのない、澄ました顔の下でほんのしばらくの葛藤ののち「あんたさ……」と桐ヶ谷恵と名乗った男にこうたずねたのだ。
「父さんと……どういう関係?」
は? と恵はぽかんと口を開き、間抜けな顔をした。
そのとき七瀬はようやく(その間抜けな表情を差し引いても)父の拾ってきた桐ヶ谷恵という男が、とても端正な顔をしていることに気がついたのだ。七瀬の疑念は深まるばかりだ。
父には麗という美しい恋人がいるものの、四十も後半に差し掛かった今も男ぶりは衰えることなく、むしろ色気と渋みは深みを増し、つまるところ、とてもおモテになる。
恵は父の好みからは随分外れているようだが、恵は若くハンサムで……ちょっと髪は伸びっぱなしでボサボサのようだけれど、スッと通った高い鼻梁、切れ長の二重の目は凛々しく、薄い唇なんてセクシーだ。つまるところ、考えられなくもない。
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