月曜ロードショー

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 こんな時間に誰だろうか。  唯一可能性として考えられる父は、今夜は会食で夕飯はいらないと聞いているが……食堂と廊下を隔てる引き戸が開き、顔を出したのは武士だった。 「あれ、武士さん。めずらしく早いですね?」  お行儀のいいトレンチコートを着込んだ武士は「ああ」と頷きながらネクタイを緩めた。外は寒かったのだろう、いつも顔色の悪い武士の頬がほんのり赤く染まり、健康的に見える。  エアコンと石油ヒーターのW使いであたたかい食堂だが、そこの戸が少し開いているだけでひんやりとした空気が入ってくる。 「飯は?」 「あとにする。先に風呂、いいか?」 「どうぞ。お湯溜まってますよ」 「ありがとう」  じゃあ、と言って引っ込もうとした武士を慌てて恵が引き留めた。 「あのっ! 武士さん、借りていたスウェットお返ししたいんですけど……あの、ありがとうございました」 「ああ、いつでもいいのに。あ、じゃあ、脱衣所置いといてくれる? 俺、風呂入ってくるから」 「わかりましたっ!」  張り切って立ち上がった恵は武士より先に食堂を飛び出していった。  武士が「社長は随分と可愛らしい子を拾ってきたんだな」と微かに口元を緩める。めずらしいことだ。 「まあ、案外素直ないい子って感じですよね」と七瀬も苦笑した。  武士も食堂を去り、七瀬が夕食の片付けをしながらコーヒーの準備をしていると恵が戻ってきた。 「あっ、ごめん、七瀬さん、俺の食器も洗ってくれたの」 「まあついでだから。コーヒー淹れるけど、いるか?」 「ほしい! ください!」  七瀬がコーヒーを淹れている傍らで、恵が先日の菓子折りの箱から菓子を選びながら「どれ食います?」と尋ねる。  恵が持ってきたのは有名パティスリーの焼き菓子の詰め合わせで、たくさんあるので各自好きにつまめるように台所に箱ごと置いてある。 「あれまだある? キャラメルとナッツのやつ」 「フロランタン? あるよ。俺もこれにしよーっと」  ドリップをはじめるとたちまち辺りにコーヒーのいい香りが広がった。 「いいにおい」と言って恵が七瀬の周りにまとわりつく。それを七瀬は笑って「座ってろ」と追い払った。  カップに注ぎ分けて持っていってやると、嬉しそうに両手で受け取り、一口飲んで「美味いです」と目を細める。 「七瀬さん、コーヒー淹れるのも上手いんだね」  コーヒーに関しては父の豆のチョイスがいいのだろうけれど、ここで敢えて言う必要はないだろう。七瀬が嬉々としながらフロランタンを開けたところで恵が「ねえ」と声を潜めて身を乗り出した。そして何を言うのかと思えば――。 「なんか、武士さんって変わってるな?」 「は?」 「なんつーか、地味っつーか大人しそうなのに、妙に色気ない? ちらっと見えたけど、すね毛とかまったく生えてないの。つるっつるだったし」 「着替えをのぞくな」 「のぞいたわけじゃないって!」  おそらくスウェットを返しにいったときかち合ったのだろうけども。ちらっと見ただけですねがつるつるかどうかまでチェックするとはこの男は油断ならない。 「まあいいけど……妙な気だけは起こすなよ」  七瀬に言えるのはそれだけだ。  冗談だと思ったのだろう、恵は「何言ってんの、七瀬さん。そういうんじゃないって」とからからと笑っている。  そうだといいが。修羅場は御免である。
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