月曜ロードショー

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「いつ、どこで、どうやって知り合って、どういう経緯でうちに来ることになったわけ」 「ああ……」  そう言うことか、と七瀬の不可解な質問に納得した様子で、恵は相槌を打った。 「別に、特別なことは何も……今日初めて会って……」 「今日!」と思わず七瀬は叫んだ。  恵が驚きのあまり目を見開いていて、七瀬は慌てて取り繕うように笑みを浮かべ「ごめん続けて」と続きを促した。 「行くとこがないって言ったら、部屋が余ってるからうちにくるか、って」 「……えーっと……桐ヶ谷さんは一体何でまた行くところがないなんて状況になってるわけ。見たところ十九? 二十歳? 学生っぽく見えるけど」 「二十歳……っス。学生です」 「行くとこがないって何で。家出でもしたのか?」  髪がボサボサであることを除けば、(なんでこの寒いのにコートも着ていないのだろうあという疑問は残るが)それなりに身綺麗だし、ホームレスには見えないし、ハンサムだし、家出くらいしか考えられない。ハンサムだし。  恵は持ったままの箸を一旦置き(このときはじめて、恵がとても綺麗な箸の持ち方をすることに、七瀬は気付いた)、どこかふてくされたような口調で「追い出されたんです」と言った。  恵の話はこうだった。  親元を離れ、都内の大学近くのアパートで一人暮らしをしていた恵は、十分な仕送りもあり悠々自適なキャンパスライフを送っていた。  はずだった。  半年前、元々半同棲状態だった社会人の彼女のマンションに本格的に転がり込んだ恵は、勝手にアパートを解約。家賃を含む仕送りを丸々ネコババ。そんな状態を半年近く続けていた。  それが、つい一昨日のこと。近くに用事のあった恵の父親が予告なしにアパートを訪問。当然、勝手にアパートを解約していたことがバレ、父親は激怒。仕送りは打ち切られた。  それでも、彼女と上手くいっているうちはよかった。  二股がバレ、彼女のマンションを追い出されたのだ。それが、今日のこと。 「えーっと……自業自得すぎてビックリするんだけど……」 「んで、俺が行くあてもなく凍えていたところを声掛けてくれたのが後藤田さんだったの。てゆーか、後藤田さんだけ」恵は気にすることなく、話す間に随分と砕けた口調で言った。  そりゃそうだろう、と七瀬は苦笑した。  街中で途方に暮れている若者に声を掛けるような大人、このご時世逆に怪しいと思った方がいい。我が父ながら、安全性は保障しない。よく恵はついてきたな、と七瀬は呆れるより他なかった。 「うちは元々下宿屋だから部屋も空いてるよ、うちの息子の作る飯も美味いよ、って……ほんと、すげー美味い……っス」  おっといけない。  恵の話を聞いている間中ずっと、何とバカバカしく傍迷惑な話だと呆れ返っていた七瀬だが、その一言でうっかりほだされそうになってしまった。 「ふうん……じゃあ、うちのことはもう色々聞いてんだ」  七瀬はむずかゆいようなこっぱずかしいような気持ちを誤魔化すように、ズッと味噌汁を一口啜った。ちょっとぬるい。  恵もそれに倣うように、ぬるくなってしまったであろう味噌汁を啜る。 「味噌汁も美味い」と、恵が笑った。  その微笑みの破壊力たるや。  それまで、どこか他人事のような、この世の何事にも興味のないような顔をしていた恵だが今この一瞬は年相応に、いやいくらか若い、そうまるで少年のように無邪気に笑ったのだ。 「ちゃんと親にここにいることを連絡するなら、しばらくいてもいいって、後藤田さんが言ってくれたんだ。……だから、少しの間、お世話になります」  笑顔は本当にその一瞬だけだ。恵はぺこりと頭を下げた。  七瀬は不思議とその笑顔を惜しく思いながらも、安堵していた。父はあれでいて、基本的には常識人だ。信じてた。……若い男を囲うために連れてきたのではなくて本当によかった。
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