月曜ロードショー

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 これで心おきなく食事ができる。  箸を置いたままの(けい)に「お前も冷める前に食えよ」と促し、ようやくチャーハンにありつく。恵は黙ってうなずいて、再び箸を持ち……そしてチャーハンをじっと見つめ、「それ何」と言った。 「高菜チャーハン。キ、ミ、に、ハンバーグを譲ったから、俺は残り物でチャーハンなの」 「美味そう。一口もらっていい」 「おっ前……なかなか図々しいな。つーか食いすぎだろ」 「成長期なんだ」 「二十歳なら成長期は終わってるだろ。見た目によらず食い意地張ってるな」 「七瀬さんは見た目によらず口悪いよね」 「余計なお世話だよ」と言いながら、七瀬はそう言えば自分が碌に自己紹介もしていなかったことに気がついた。 「おやおや。随分仲良くなったみたいだね」  パジャマにガウンを羽織った父がダイニングに顔を出した。「食べ終わったら部屋に案内するからね」と七瀬の隣に座る。  目に見えて箸の運びを早めた恵に父は「慌てなくていいんだよ」と声をかけたが、恵は間もなく残りを平らげてしまった。 「なんだか急かしたみたいで悪かったね」と父はまだ口をムグムグしている恵に謝る。  それから笑みを浮かべながら、こうも付け加えた。 「七瀬の飯は美味いだろう」と。  目尻の笑い皺は、ここ最近いくらか溝が深くなったが、彼の精悍さと色気を損なうことはない。  恵はまだ口をムグムグさせながら深く頷き、ようやく飲みくだすと「ええ、本当に。美味いです」と心底痛み入った、という様子で言った。 「七瀬さん、ごちそうさまでした」  そうして改めて頭を下げられると何だか照れ臭く、七瀬は素っ気なく「お粗末さまでした」と返すのが精一杯だ。  七瀬は特別に修業をしてきたわけでもなく、「七瀬の飯は美味い」というのは完全なる父の欲目だ。寒空の下空腹だったところを拾われた恵からしてみれば何を食っても美味いに違いないのだろう。  重ねた食器をどうしようかと一瞬躊躇って見せた恵に「置いとけよ。洗っとくから」と七瀬は言った。どうせ一人分を洗うのも二人分を洗うのも、手間は同じだ。  再度「ごちそうさま。ありがとう七瀬さん」と頭を下げ、恵は父の後ろについて二階に消えた。  女の部屋に転がり込んで、仕送りをまるまる懐に入れていたなんてとんでもないロクデナシじゃあないかと思ったが、恵の所作一つ一つは丁寧で、実のところ育ちはいいんじゃないだろうか、と七瀬は感じた。  少なくとも、都内に一人暮らしをさせ大学にやり、まるまる生活費の面倒を見てやれる程度には裕福な家庭なのだろう。  残りのチャーハンと味噌汁を平らげ、まとめて食器を片付ける。明日の朝食用の米を研いでいると、父が戻ってきた。  柔和に微笑み「いい子だろう」と言いながらドリップポット型の電気ケトルに湯を沸かしはじめる。 「七瀬も飲むだろう」 「うん、ありがとう……そりゃ、いい子に違いないけどさ……」  父がコーヒー豆を挽きはじめた横で、炊飯器に研いだ米を予約でセットする。  コーヒーのいい香りが、キッチンに広がった。  この家のまかないさんは七瀬だが、コーヒーに関しては父に任せるのが一番だ。濡れた手を拭き拭き、七瀬は一足先にダイニングチェアに座る。 「あんまりお父上とは、折り合いがよくないようだよ。……と言うよりは、一方的に敬遠してると言うのが正しいのかな」  七瀬専用のカップに淹れたコーヒーを渡しながら父が言った。言わずもがな、恵のことだ。  ふうん、と七瀬は興味なさそうに相槌を打って、コーヒーをズッと啜る。あちちと呟いて、慌ててふーふーする。今度はゆっくり慎重に啜った。 「明日の朝、桐ヶ谷くんの分も頼むね。何時に起きてくるかは分からないけど、授業があるから午前中には出掛けるはずだ。学校は真面目に行ってるみたいだね。まあ、元来真面目なタチなんだろう」  と、今日出会ったばかりにしては、随分よく知ったようなことを言う。  もっとも、向かい合って一緒に食事を取ったこの数分で、七瀬も似たような印象を受けた。 「彼にはざっと説明してあるけれど、詳しいことは七瀬が教えてやってくれるかい」  不承不承といった様子で「わかった」と請け合った七瀬を見てそっと微笑む。 「ありがとう、助かるよ」 「……(うらら)さんは一体どうなったんだ、って俺がハラハラしたよ」 「心配には及ばないよ。順調すぎるくらい順調だ」 「あっそう」  いつのまにコーヒーを飲み干したのか立ち上がった父に「あ、いいよ。置いといてよ」と声をかける。 「残りやっとくから。もう寝たら」 「ありがとう、じゃあお言葉に甘えて」  自室に向かった父を見送り、残りのコーヒーをのんびり飲み干す。明日からの生活を思い、やれやれと大きく溜め息を吐いた。
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