月曜ロードショー

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 〈月曜館〉なんていう気取った名前の下宿屋が、真の意味で下宿屋として機能していたのはせいぜい平成のはじめ頃までのこと。  木造二階建、大正時代に建ったこの家を、七瀬の父は愛している。  〈月曜館〉は、父の祖母――つまり七瀬の曽祖母が、半ば趣味ではじめた下宿屋だ。下宿人の最後の一人が巣立つ姿を見送った頃、曽祖母は亡くなった。  実家と折り合いが悪かった父に、曽祖母はこの家を遺してくれた。部屋数を生かして社員寮代わりに使っていた時期もある。その名残であろう、父の手がける数ある事業の中の、ごくごく限られた人間が今も月曜館に住んでいる。 「おはよ〜ございます……」  七時半を過ぎた頃、桐ヶ(きりがや)(けい)が起きてきた。  昨夜ボサボサだった頭は益々乱れているが問題はそこではない。恵はグレーのスウェットを着ていた。だが、どうにも袖丈が足りていない。 「何その格好」と驚いた顔の七瀬以上に、恵が驚いた顔をしている。 「七瀬さんこそ、何その格好!」  その声は驚きばかりでなく、後から段々と笑いが滲んでくる気配を敏感に察した七瀬はムッとして言い返した。 「何だよ、バカにしてんのか? 料理のときの基本だろうが。ちゃんと着けないと嫌がる住人がいるんだよ」 「別にバカになんてしてないよ。何か……田舎のおばあちゃんって感じで可愛いなーって……」 「バカにしてるだろう、それ」 「ええっ、何でっ。してないってば!」  まかないさんをするときの七瀬は、必ず割烹着に三角巾を巻いて仕事をする。恵の言うとおり、今時こんな格好をしているなんて、どこぞの〝田舎のおばあちゃんって感じ〟という感想を抱いても仕方がないだろう。  だが、普通のエプロンではなくあえて衣服を覆い尽くす割烹着なのか、これにはきちんと理由があるのだ。 「お前こそ、何だよそのスウェット。小学生の弟の着てるのか」  つんつるてんのスウェット姿を見て、恵の背がとても高いことに七瀬は改めて気が付いた。  そういえば昨日、170cm台後半の父と並んで立ったとき、頭が半分くらい大きかった。身長だけでなく、手足も長いのだろう。 「小学生は言い過ぎでしょ、七瀬さん」七瀬の揶揄に、恵が困った顔をする。「武士さんが借してくれたんだよ」 「えっ。た、武士さん? 会ったのか、昨日」 「うん、後藤田さんが紹介してくれたんだ」 「へー……そう」  武士というのは、月曜館の住人だ。七瀬より二歳年上の、二十九歳だったはず。普段は銀行で働いているが、ときどき副業として父の経営する店で働いている。顔色が悪く見た目は陰鬱な雰囲気のある眼鏡の男だが、案外付き合ってみれば中身は人情味ある男だ。  父がスウェットなど持っているはずはないからおかしいと思ったのだ。
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