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「まあ、とりあえず座れば。朝飯、食うだろ?」
「うんっ。やった、朝から七瀬さんの飯っ」
そんなことで大袈裟に喜んで見せる恵に、「こいつ、上手いなあ」と感心してしまう。さすが、親や女を騙くらかして金を懐に入れていただけのことはある。それが分かっている七瀬だって、悪い気はしないのだからおそろしい話だ。
「別に、大したものじゃないぞ」と言いながら七瀬は朝食を用意してやった。
白米と味噌汁、だし巻きとほうれん草のお浸しだ。
これまた大袈裟に「わあ!」と声を上げ目を輝かせる恵に苦笑が漏れる。
「そういえば、昨日は自己紹介もしなかったよな、俺」
「うん? でも知ってるよ。七瀬さんでしょ」
「そう。〝後藤田さん〟の息子の七瀬。食事担当。食いながらでいいから聞けよ」
促すときちんと手を合わせて「いただきます」と言うあたり、やはり行儀がいい。
「朝は基本和食。白米と味噌汁は用意してあるから、好きによそって食って。朝食は6時から用意できてるけど、朝はみんな時間バラバラだから、基本作り置き。出来立て食いたかったら6時に起きてきて。パンがよければ食パンもあるから勝手に焼いて食って。平日の昼間は学校だよな。食事は朝晩だけのつもりだけど、もし昼もいる日とか、朝晩もいらない日あるなら早めに教えて。土日は基本なし。希望があれば要相談。以上。質問があればその都度どうぞ」
ひととおり説明をしてしまうと、恵は食事を頬張りながらも頷いている。
「使った食器は水に浸けといて。ま、洗っといてくれてもいいけど」
もぐもぐ、ごっくん、口の中のものを飲み下した恵がしかつめらしい顔で「洗えるときは洗います」と応じる。いい心掛けだ。それからいたく感激した様子で言った。
「七瀬さん、このだし巻きめっちゃ美味しい!」
これには七瀬もつい頬が緩む。
七瀬自身、自分で作るこのだし巻きがお気に入りなのだ。
恵の表情にわざとらしさはなく、これが大袈裟なリップサービスとは思いたくないし、そうだとしたら大したものだ。
「そりゃよかったよ」
「これから毎日七瀬さんのご飯食べられるなんてラッキー」
そうへらっと笑う顔は非常に軽薄極まりない。
七瀬が呆れたそのときだ。突然恵が「うわっ!」と叫んだ。ガタガタと派手な音を立てて椅子から飛びのいたとき――なぁん、とテーブルの下から声が聞こえた。
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