時計

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「こういうのってさ、暗くなるとちっとも役に立たないんだよね」  そう言って溜め息をつくと、忠成(ただなり)はズボンの後ろポケットから取り出した携帯で手元を照らした。  時刻は太陽が山の端に沈み切った冬の夕闇――。  帰宅部の俺と違い、高校に入ってまで部活を頑張っている忠成はいつも帰りが遅い。  たまたま私用で出かけていた俺が、もしかしたら……という淡い期待を込めて回り道をした学校の門前で偶然忠成と出会えたのは神のイタズラだろうか? 「その時計、まだ使ってたんだな」  隣に並んで歩く忠成が、必死になって照らしている懐中時計を見て感心する。  確かこの時計は俺と忠成がまだ園児だった頃、彼の大好きな祖母が忠成に与えた時計だ。  ぜんまい式の懐中時計で、電池こそいらないものの、しょっちゅうネジの巻き直しを要する。  必定(ひつじょう)時刻のズレも(はなは)だしいはずなんだが――。 「婆ちゃんの形見だから」  問うた俺の声が非難めいて聞こえたんだろうか? 淡い笑みを浮かべて忠成が言う。 「お前のそう言うところ、俺は本気で凄いと思うぞ」  告げた言葉通りの意味に受け取ってくれればいいんだけど。  忠成には何故か俺の言葉を婉曲(えんきょく)して受け取るところがある。 (ま、小さい頃からからかってりゃ仕方ねぇか)  思いながら横を歩く忠成をもう一度見て、ふとあることに気付いた俺はそれを素直に口にした。 「忠成、スマホにも時計機能付いてると思うんだけど……?」  わざわざ苦労して携帯の明かりで懐中時計を照らさなくても良かろうに――。  苦笑交じりでそう言えば、ハッとしたような忠成の顔と目が合った。 「言われてみればそうだった。……習慣って()ぇ~!」  本気でそのことに気付いていなかったらしい忠成を見て、そんなところも含めて彼らしいな……と思ったことは言わずにおいた。          End
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