ダンゴ・B・グッド

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ダンゴ・B・グッド

 今からだいたい20年前。当時まだ小学校にも上がらぬほど幼かったボク、緒川(おがわ) 草慈(そうじ)と、1歳半年下の弟、緒川(おがわ) 風時(ふうじ)は、極端な放任主義の母に育てられたため、保育所や幼稚園には通っていなかった。  家で教育やしつけを受けることもなかったので、自由な時間がかなりあり、今ならば到底もてあましてしまうであろう莫大な時間と日にちを、ボクたち兄弟はあきることなく、遊びについやしていた。  昼間、同世代の子どもたちは保育所にいっていて、一緒に遊ぶ友達もいなく、何か特別なオモチャを持っていたワケでもなかったが、それでも毎日たのしかったのは、いつも、ボクよりも活発でシッカリした性格の弟が、想像力と行動力をフル回転させ遊びの指揮を執っていたからだろう。  弟の好きな遊びに、「大人をからかう」というのがあり、彼は大胆で人見知りしない特質をいかし臆病なボクなどが、とてもまね出来ないようなことを平気でやってのけた。  商店街や駅前をウロついて、店番をしている人や、改札にいる駅員に色々とイタズラを仕掛けるのだ。  イタズラと言っても子どもらしい、たあいないモノがほとんどだったが、時にはタマゴをレンジで温める事によって作れる「爆弾タマゴ」なるものを渡したり、ガチャガチャの空きカプセルの中に、イヌのフンを詰め込んだ「イヌウンコ爆弾」を投げ付けるといった、タチの悪いイタズラをする事もあった。  そんな事をすれば普通なら大目玉を喰らって当然だが、弟はまるで天使の様に愛くるしい顔を持っていた上に、その容姿をいかす表情、仕種、喋り方を心得ていたので、大人たちは怒るどころか、彼に夢中になり、イタズラされるのを楽しみにしていた。  中には逆に、弟にイタズラしようとして、逮捕されたオジサンまで居たほどだ。 *  夕暮れの商店街。主婦が食材の買い出しにでる時間帯を過ぎ、人通りはまばらだ。  ボクたち兄弟は、子どもらしいテクテクした感じで歩きながら、時折、道草を喰いつつ家路についていた。 「よー、ソージ、フージ。お前ら、ブラブラしてないで、もう家に帰らなきゃ、ダメだぞ」 『ラウンド・ファイター』という名の、やたらイカシた雰囲気の、お団子屋さんの前を通りすぎたとき、店のおじさんが声をかけてきた。  おじさんと言っても、当時のボクらからしてみれば、おじさんだが、今考えれば十分に若い人だったと思う。団子とRockを、こよなく愛するカッコイイ人だった。 「いま、ちゃんと家に帰ってる途中だよ」  弟が不服そうに答える。 「帰るッつたって、そんなピョッコピョコ、ピョッコピョコした歩きかたじゃ、いつまでたっても家着かねーゾ。お母さんもう、晩メシ作って待ってるだろう」 「うん。でもご飯はあっても、デザートが無いかも……」  あざといおねだりの仕方だが、弟がすると違和感がない。 「どれでも好きなの持っていきな。どうせ今日もいっぱい売れ残っちまった」  店先には、おじさんの作った団子が沢山あった。オーソドックスな団子も置いているが、この店のうりは、チョコナッツや、ブラウンシュガーといった、アメリカンなテイスト漂う創作団子だ。  遠慮なく、いくつも選ぶ弟。黙ってみているボクに、おじさんは、「ソージも何か選びナ」  と言ってくれた。  ボクはうれしかったが、気持ちを表現できず、無愛想にフレンチクルクル団子を指差しただけだった。  翌日、家でお昼ご飯を食べた後、「今日も残り物もらいに行こう」と、まだ残り物がでるような時間じゃないのに、弟はボクを引き連れて団子屋に行こうとした。  それに気づいたお母さんは、家を出ようとするボクらのことを引き止め、 「貰ってばっかりじゃ悪いから、コレ持っていきなさい」と的外れなことを言い、台所の棚の中から、丸い缶の箱に入ったクッキーをとりだし弟に渡した。 「じゃあね、行ってきます」  渡されたクッキーの箱を片手に、弟が玄関のトビラを開くと、 「ああ、待ちなさい。大切なこと忘れてたわ」  と、お母さんは再びボクらのことを引き止め、弟からクッキーの箱を取り戻すと、賞味期限の書いたシールの部分をひっぺがし、 「これでヨシ」  と、つぶやいた。  商店街に着く前に、弟は歩きながらクッキーの箱を開け、中身を食べだした。 「ダメだよ、それは、団子屋さんにあげるヤツなんだから」  ボクは、止めたが弟は聞かない。 「べつに、チョットぐらい食べてもいいよ」 「よくないよ。それに、それ賞味期限切れてるんだから」 「ヘッチャラ、ヘッチャラ、そんなの関係ないよ」  弟がおいしそうに、クッキーをパクパク食べるのを見ているうちに、ボクは自分が食べないのは、何だかソンしているような気持ちになってきて、しまいには弟と張り合うように、クッキーを食べだした。  気がつくと、クッキーは団子屋さんに持っていく前に全部なくなってしまった。 「どうしよう」  空箱を見つめ、ボクは弱気になったが弟は無邪気だ。 「べつにいいよ、どうせお団子屋さんはクッキーなんか食べないんだから。お団子屋さんは団子しか食べないんだヨ」 「そんなことないと思うけど……」 「!」  弟の顔が、パッと明るくなった。こういう表情をするのは、大抵なにかロクでもない事を思いついたときだ。 「団子しか食べないんだから、団子を持っていってあげよう!」  そう言って、弟は商店街とは別の方向へ駆け出した。 「ちょ、ちょっと、どこ行くの!?」  弟は、後を追いかけるボクに、 「ソージはコレを1本持ってこい」  と、他人(ひと)の家の駐車場に置いてある、ネコよけ用のペットボトルを指した。 「で、でも、コレってヒトん家(ち)のだよ」  生真面目なボクのことなんかお構いなしに、弟はドンドン先へ走っていってしまう。  どうしよう、どうしようとオロオロしながらも、弟に置いて行かれるのがイヤで、ボクは「エイッ」と勢いをつけてペットボトルをパクッた。  弟は近所の空き地の土の上に、ボクが持ってきたペットボトルの水をまき、水溜まりを作ると、ドロをコネくり回し始めた。 「団子って、ドロ団子なの? そんなの持っていっても喜ばないよ」  弟はドロをコネる手を休めず、視線も外さず、団子をつくる作業に集中しながら、 「別に喜ばなくたっていいよ。オレはおじさんがドロを喰う姿が見たいだけサ」  と言い。 「ヒッヒッヒッヒッヒ」  と甲高い声で悪魔のように笑った。  弟のイタズラ遊びを毎度毎度そばで見ているボクも、さすがに、あの優しいおじさんにドロを喰わせたいという発想には顔を引きつらせた。  元々、ドロとか土をさわるのが、あまり好きじゃなかったし、おじさんにドロ団子を喰わす気もなかったので、ただ黙って、作業する弟のことを眺めているボクに弟は、 「ヒマなら、団子にまぶす、トッピングを集めてこい」  と指示した。  ボクたち兄弟は、力関係が完璧に逆転してしまい、弟の方が強かったので、ボクは素直に指示にしたがった。こういう状況で逆らうと、ケンカになりボコボコにされてしまう。  ボクは、最初やる気なくそこら辺に生えているハッパなんかをむしっていたが、そのうちに、せめて見た目を少しでもキレイにしようという思いが湧いてきて、精一杯がんばってタンポポの花や、きれいな形の小石を集めた。  しかし、弟はボクが集めてきたものを見て、 「こんなんじゃ、全然ダメだ。ガラスの破片とか、釘とか人糞とか、もっとパンチの効いたヤツじゃないと」  と言い、結局自分でトッピングも集めた。    作ったドロ団子を、几帳面にクッキーの空箱に詰め、ラウンド・ファイターに持っていくと、おじさんは店があまりにもヒマなので、3卓ほど席のある、小さなCafeスペースでギターをもてあそんでいた。 「おじさーん、おみやげ持ってきたよ」  弟が元気よく、おじさんのそばへ駆けより、クッキーの箱を渡す。 「お、おお。ありがとよ」  おじさんはクッキーの箱を、何だかそっけない感じでテーブルの隅に置き、 「今さ、曲作ってたんだよ。『ダンゴ・ディス・タウン』て言うネオロカビリー調の……」  と、音楽のことを話しだした。 「おじさん、それ食べてよ」  弟がクッキーに注意を戻そうとするが、 「あ、ああ。後で食べるよ」と、やはりそっけない。  弟がいじらしい感じで、 「せっかく持ってきたのに……」  と、悲しそうに振る舞うと、おじさんは申し訳なさそうに、 「オレ……、クッキーはチョット……。スイーツは団子しか食べないって決めてるから……」  と白状し、(ええ! まさか本当にそうだったとは)と、ボクのことをビックリさせた。  弟が、『この勝負もらった』という感じの笑みを浮かべ、 「それ、中身お団子だよ。ボクお団子作って持ってきたんだから」  と言うと、おじさんは、『それならそうと、早く言ってよ~』とばかりに、テンションあげてペロペロしながらクッキーの箱を開けた。 「………………」  中身を見て、しばし沈黙するおじさん。  弟は目を輝かせながらリアクションを待っている。 「こ、コレ、ドロ団子じゃーん、ハハハハハハハッ!」  おじさんが作り笑いで、場をサバこうとしたのに対して、弟は実に真面目なトーンで、 「ボク、一生懸命作ったんだよ。おじさん食べてよ」と迫った。 「で、でも、これ、ドロだし……」 「さっき、後で食べるって言ったじゃない」  弟のキレイな目にウッスラと涙がたまり、宝石のようにきらめいた。 「う、うう、ううううう、」  おじさんは何か見えない力に操られるように、ドロ団子(トッピング・だんご虫)に手を伸ばした。 「うう、ううううううう」  おじさんが団子を口元までもっていく。  弟は心の中でガッツポーズを決めているはずだが、表情はいじらしさを崩していない。 「あなたッ」  バカを叱るような声がして、見ると柱の陰から奥さんがコッチを冷ややかな目で見ていた。 〃ハッ!〃  おじさんは冷静さを取り戻し、あせってドロ団子をクッキーの箱へ戻した。  弟が舌打ちする音が、ボクにはかすかに聞こえた。 「お、お前ら分かってないな。団子って言うのは、ドロで作るものじゃないゼ。オレがチャントした団子の作りかた教えてやるから、明日また来な」  おじさんは箱のフタを閉めて、ドロ団子を弟に返した。  弟は不服そうな顔をしながらも、 「じゃあせめて、コレ、ここで売ってよ」と、ドロ団子のことを言った。 おじさんが、(どうしよう?)と奥さんの方を見ると、奥さんは笑いながら、(ウン、ウン)と2回うなずいた。 *  翌日、弟に引っ張られて開店前の『ラウンド・ファイター』に行くと、奥さんが出てきて中に入れてくれた。  まだ明かりのついていない店内は、それだけで雰囲気がいつもと違い、なんだか特別な場所へいるような気分になった。  カウンターの端に、弟が作ったドロ団子と『ドロ団子500円』と書かれた手書きの札が置いてある。  店の奥にある調理場に入ると、おじさんは作業しながら顔だけコッチに向けて、 「よう、よく来たナ!」  と、向かえてくれた。 「チョット待てよ、こいつを完成させれば、一段落つくから」  いつもはヒマな店内でハナうた歌っている、のんきな印象しかないおじさんが、実に真剣、男前な表情で団子をコネる姿に、ボクは見入った。  作るのが簡単で、もうすぐ十五夜が近いという事もあり、おじさんはボクらに月見団子の作りかたを教えてくれた。  単純な作業に没頭し、一心不乱に団子をコネ、丸めるボクらに、おじさんは、形や大きさを整えるコツなどといった、ヤボったいことは指導しない。ただ時折、「いいゾ」「その調子」「サイコーだ」「魂でコネろ」といった言葉をかけ、笑顔でボクらのことを見ているだけだった。  Cafeスペースで、ボクらは奥さんの出してくれた、ジュースを飲みながら、自分たちで作った団子を試食した。  弟が一口食べて、 「……、これ味がしない」  と困惑した表情を浮かべたのを見て、おじさんは笑った。 「そりゃそうさ、上新粉と、お湯だけしか使ってないからな。いいか、9月と10月に年2回、十五夜っていうのがあるんだ。この団子はその日に月に供える特別な団子サ」 「……月にお供えするの?」 「そう」 「じゃあ、人間が食べるものじゃないの?」 「いや、タレつけて食べな」  おじさんは何種類かタレを出してくれた。みたらしや、あんこ、といったスタンダードなものは、間違いなくおいしいのに、おじさん自信のオリジナルのタレは、どれもコレもまずかった。 「じゃあ、じゃあサ、コレはコレ?」  おじさんが新しく開発したばかりの、バナナベースのタレを持ってきた。それを食べてボクは、気をつかい何も言えなかったが、弟は、「おえぇぇぇッ」と、ゲロを吐く真似をした。「おっかしーなー?」といった感じのおじさんの肩ごしに、カウンターの向こうで奥さんが、ヤレヤレと首を横に振るのが見えた。  その日ボクらは、店を手伝うという名目で1日、団子屋に居たが、何も手伝うことがないほど店はヒマだった。  ヒマなので、おじさんはボクに、 「オマエみたいに無口なヤツの方が、意外とRockにむいてたりするんだゼ」  と言い、ギターの弾きかたと、グリースの塗りかたを教えてくれた。  3人で髪の毛をテカテカにして遊ぶボクらを見ながら、奥さんが一度、深いため息をついた。それを聞いて、おじさんは、 「大丈夫。いつかきっと、団子ブームがくるサ。そうなったらキャデラック買おうな」  と言った。  奥さんは子どもの話を聞く、お母さんみたいな目で優しく、おじさんのことを見ていた。 *  ある日、ボクらがいつものように、きまぐれで『ラウンド・ファイター』に遊びにいくと、おじさんの姿はなく、奥さんが1人で店番をしていた。  普段、店内のBGMはおじさんの好きなロックンロールナンバーがかかっているのに、この日はFMがもうしわけ程度にかけられ、流行りの曲が流れていた。 「私、ほんとはユーミン好きなのよ」  奥さんは、そんなことをつぶやきながら、ボクらにジュースと団子を出してくれた。  別に団子にさえありつければ、おじさんが居てもいなくても、どっちでもいいのだろうが、弟はいちおう、 「おじさん、ドコ?」と、団子を頬ばりながら聞いた。 「あの人、バイト行ってるのよ」 「バイト?」 「店があんまりにもヒマで、このままじゃ、生活していけないから」  奥さんは、わりとヘビーな事をサラッと言った。ボクらが子どもだったので、気兼ねしていなかったからかも知れない。 「そうだ、ちょうど良かったわ。あの人、お弁当は持っていったんだけど、おやつ忘れて行ったのよ、よかったら届けてあげてくれない? 団子がないと生きていけない人だから」  ボクらは奥さんからあずかった、おやつを持って、おじさんがバイトしているガソリンスタンドへ行った。  おじさんは、若干ダサめの制服を着て一生懸命働いていた。車を誘導し、ガソリンを入れ、窓を拭く。ボクはその姿を見て、なんだか、おじさんらしくないと思い、少しさびしく感じた。 「おーい、おじさーん!」  弟が陽気に手を振ると、おじさんもボクらに気づき、手を振り返した。 「おまえ達、なにやってんだよ」  弟が駆けよっていく。 「団子もってきたよ」 「マジかよ! やったー!!」  おじさんは子どもみたいに笑った。  休み時間にガソリンスタンドの裏で、お弁当を食べるおじさんのことを、弟がモノ欲しげな目でジッとながめていると、おじさんは無視できなくて、半分ぐらい弟にあげてしまった。 「べつに、いいさ。オレにはまだ、団子があるからな」  おじさんはお茶を片手に、おやつの団子を頬張った。弟はまたもや、モノ欲しげにおじさんのことを凝視する。 「な、何だよ?」 「おいしそう……」 「こ、コレはダメだからな。だいいち、おまえ店で団子食べてきたんだろ?」 「……ほしい」  人のイイおじさんは結局、団子も弟に取られたうえに、不公平だからと言って、ボクにまで分けてくれた。  このときボクは、実に子どもぽい、幼稚な質問をおじさんにした。 「なんで、ガソリンスタンドなんかで働くの?」  おじさんは、しばらく手にした団子をながめてから、 「……好きなことをやって、生きていければいいんだけど、なかなか、そうもいかないからな」と、答えた。 *  9月中旬、十五夜の日。日頃子どもが遊んでもらっているお礼にと思ったのか? お母さんがボクらにお金を渡し、 「いつものお団子屋さんに行って、月見団子買ってきなさい」  と言った。弟が、 「買わなくたっていいよ。いつもイッパイ余るから、タダでもらえるよ」  と言ったが、 「たまにはお金だして買いなさい」  とボクらのお母さんのわりには、常識的なことを言った。  ボクらが団子を買いに行くと、おじさんは店屋のクセに弟と同じように、 「どうせイッパイ余るんだから、買わなくったっていいよ」  と言ったが、お母さんに「たまにはお金出して買え」と言われたことを話して、お金を受け取ってもらった。 「おじさん、次の十五夜も買いに来るよ」  弟が愛想よく言うと、おじさんは少しだけ表情を曇らせ、 「う~ん。この前、団子の作りかた教えてやっただろ。次の十五夜は自分たちで作りナ」  と言い、 「明日、団子作るときの粉やるから、取りに来いヨ」と付け足した。  翌日、弟は他の遊びが忙しくて、なかなか団子屋に行こうとしなかった。夕暮れ間際になって、ようやく団子屋に行くと、おじさんは店の外で、まるでタバコみたいに団子をくわえながら、ラウンド・ファイターの外観を眺めていた。 「よう、来たか。まってたゼ」  おじさんがボクらのことに気づいたとき、ボクらも店の様子がいつもと違うことに気づいた。  Cafeスペースから、テーブルやイスがなくなっていて、商品ケースの中には1本も団子がなかった。カウンターの上に置かれた、弟のドロ団子以外ものが無くなっていてガランとしていたのだ。 「よし、いくゾ」  おじさんが呼ぶと、店の奥から雑巾をもった奥さんが出てきた。おじさんは、上新粉の入った袋と一緒に、ボクらへ500円玉を渡すとドロ団子の箱を抱え、 「これ、オレに売ってくれ」  と言った。ボクが無口なのはいつものことだが、この時は弟も戸惑い無言だった。  おじさんはドロ団子をながめ、愛しそうに、 「団子はイイな」  と、つぶやいた。  店のシャッターを降ろし、『都合により閉店します』と書いた紙を張ると、おじさんは目をウルませながらボクらに、 「ラウンド・ファイターは潰れても、団子は永久に不滅だゼ」  と言い、サングラスをかけ瞳を隠した。  おじさんが店の前に止めていた、オンボロの白いワゴン車に乗り込むと、中から、まるで子どものようなヒキツケまじりの泣き声が一瞬聞こえたような気がしたが、すぐにカーステレオから古いロックが流れてきて聞こえなくなった。  車のエンジンがかかると、奥さんが助手席の窓から身を乗り出し、「また会おうね」  とボクらに手を振った。  赤焼けのなか、走り去るワゴンを見送るボクと弟の影が長く長く伸びていた。 *  その後、『ダンゴ三兄弟』がヒットしたことにより、おじさんの予想していた団子ブームが来たのは、10年以上たってからのことだった。  好きなことをやって生きていければいいけど、なかなかそうもいかない。それどころか、嫌なことばかりやらなきゃいけなくて、いつのまにか好きなことをやる余裕がなくなっている。世の中そんな人だらけだけど、おじさんには、そんな生きかたは似合わない。  ボクは、おじさんは必ずどこかでシッカリと団子ブームに乗り、今頃はイカシたBGMをかけながら、キャデラックを乗り回していると信じている。
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