地球に嫌われる

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地球に嫌われる

「地球に嫌われる」 青野ミドロ イギリスに住むマーク・ザネッティは、特徴をかいつまんでいえば、面と向かって言うのもはばかれるほどの、顔の造形が著しく乱れた男である。端的に言えば醜男であった。 そんな特徴をもつ彼には、世間様のお役に立つかはわからない唯一無二の得意技があった。それは彼が地面を両の手でじっくりさすると、その五分後に確実に小さな地震を起こすことができるのだ。 確かに彼がイギリスに産まれ落ちた二千年代以降、イギリスでは小さな地震が幾度となく頻繁に起こるようになった。その結果、あまり地震が起きない国という安全印ともいえる前評判を返上せねばいけなくなるほどの地震大国になってしまい、そのことを政府が卑下する始末である。 イギリス全土が揺れる原因はまさしくマークにあった。彼が地震を起こせるという驚異の能力は、最初に発見した父親以外、誰も知ることなく秘密裏にされてきた力だった。 なぜ彼が地球をさすると地震が起こるのか。その理由をデリカシーのない父親は息子直々に以下のように言いさとしていた。 「いいか、マーク。お前は親の俺が呆れるほどの醜い顔立ちで産まれた子供だ。そのお前が地球をぺたぺた触るもんだから、地球が拒否反応を起こして震えだすんだ。地球は性別上はメスで、確実にマークをキモがっている。これは疑いようのない事実だぜ」 マークの秘められた得意技を知った父親はその日以来、国内のギャンブルサイトである『ブックメーカー』に手を出すようになった。父親はマークが地面をさする日をあらかじめ指定して、その日地震が起こることに賭ける。それを年に二十回ほどのペースで続けて、大量の賭け金を投じることによって、予測を的中させ、大儲けするようになった。その結果、マークの家は湯水のごとく使っても使いきれないほどの大量のお金を稼ぐようになり、世界に名だたる大金持ちに変貌した。 さて豪遊生活を満喫していた最近の話。大学生のマークは一人のいわゆるブサイク専門を嗜好する物好きな女性と付き合っていたが、最近こっぴどくフラれてしまい、意気消沈していた。 「勘違いしないで。あなたとじゃなくて、あなたの持っているお金と付き合っていただけ。それよりあなたのキッツい口臭なんとかならないの? もう二度と近寄らないでね」 マークは人生で一番深く失望していた。もうこんな醜男と付き合ってくれる女性は二度と現れないのではないか。いくら大金を持っていても、それでも女性との付き合いに自信が持てずにいる。それこそが醜いという特徴の秘める魔力である。 マークの失望で負った心の傷は一晩では到底回復しえないほどのものであった。 三日三晩泣いたマーク。その後、なにを決心したのかそれ以来、風呂に入らなくなり、歯も磨かなくなった。 お金目当てで近寄ってくる友達を暴力でいなし、清掃車も利用せず室内はゴミで溢れかえり、持病のアトピー性皮膚炎の全身をボリボリと掻く毎日。 そんな不潔の限りを尽くすマークには、ひとつの目的があった。 (もうこんな人生はイヤだ。こんな人生など人類ごと破滅してしまえ。もっともっと、自分の存在を気色悪くして、地球の拒否反応を最大にして今に大地震を起こしてやるんだ……!) 「やめるんだ、マーク」息子の悪臭に驚き、問い詰めて破滅的な目的を聞きだした父親は血相を変えて猛反対した。そんな世界を揺るがす大地震が起きてしまえば、インフラの崩壊に留まらず津波にも襲われるし、豪邸も倒壊して財産もなくなってしまう。しかしそんな父親の必死の説得もマークには通じず、不潔生活はついに六か月目に突入した。 垢で黒ずんだ皮膚。腐臭を放つ吐息と全身。長い時間を経てとうとう気色悪い生命体と化したマークはその夜、ついに大地震を起こすことを決意する。 父親が寝入っている隙に家を抜け出し、見晴らしの良い展望台のところに来て、そのふもとの丘で立ちどまった。そして、しゃがみこみ地球をものすごい勢いでさすりだしたーー。 夜が明けて、家にマークがいないことに気づいた父親は、慌ててコートを羽織り、息子が立ち寄りそうな場所をしらみつぶしに探しまわった。 そして一時間後、人通りの絶えた展望台のふもとの丘の前で倒れているわが息子を発見した。 すぐに病院に連れて行ったが、虚しい死亡宣告と共に、彼の死因を医者が告げた。 「二酸化炭素中毒で亡くなっています。おそらく地面に伏せた瞬間に意識がなくなったはずです。手の汚れは痙攣のせいと思われます」父親は顔をさっと伏せて、思わず口走った。 「ああなんて可哀そうなやつだ、マーク。あまりの気色悪さに、酸素までもが取り込まれることを拒否しやがったんだ」
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