激動の年

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その日の深夜、ふと目を覚ました私は寝間着のまま一階の居酒屋店舗に降りた。 「あら、どうしたのこんな夜中に」 「喉乾いた」 「仕方ないわね。オレンジジュースあるから歯磨いて寝なさい」 私は店の冷蔵庫からオレンジジュースの瓶を一本取り、店のテーブルで本日の売上を纏める母の前に座り、オレンジジュースを呷った。 母は銀行員がやるようにお札を扇にして枚数を数えていた。一万円札、五千円札を数え終えて最後は千円札を数え始めた、一万円札や五千円札に比べて量が多いせいか扇のように手の上で回すこともままならない。 「何か千円札引っかかるわね」 母がこう愚痴を零すと同時に千円札が一枚ひらりと私の方に落ちてきた。私は千円札を手にとり母に渡す。 「はい、母さん」 私は千円札に触った瞬間に違和感を覚えた。通常であれば触ったところで平面の紙の感覚しか無いはずである。だが、私が触った千円札は不自然な折り目があった、山折りが二つに谷折りが一つ、夏目漱石の顔に出来ているのだ。私はあの千円札に折り目をつける遊びのことを思い出した。 「お母さん、お札に変な折り目付いてるよ」 母は私から千円札を受け取り眺める。そして、束になった千円札を本を飛ばし読みをするようにペラペラと捲っていく。 「50枚ぐらい全部同じ折り目ついてるわねぇ」 母は試しに一枚の千円札を手に取り表裏と回しながら見聞した。すると、母は「ふふふっ」と軽く笑いだした。 「ほら、夏目漱石さんが笑ったり泣いたりしてる」 私は固まった。クラスで震災の募金を集める前に流行ったあの折り方をした千円札が何故にうちの店の売り上げの中にあるのだろうか。今日の客は私の学校の教師以外もいたことだしきっとそちらの客の中に子供っぽいことをするやつがいたもんだと思うことにした。だが、心の奥底では「先生たちが僕たちの募金で飲み会やってた?」と言う想像が回り巡る。確信こそ無かったが私は母に言わずにはいられなかった。 「このお金僕らが出した募金だよ! ほら、お母さん震災の募金って千円くれたじゃん」 母は猜疑心の目で私を見つめる。折り目のついた千円札だけを取り分けてじっと何かを考えていた。 「先生方がそんなことするわけ無いでしょ。失礼なことを言うのはおやめなさい」 そうだ、先生が震災の募金を飲み代なんかに使うわけがない。私達のようにお札を折って遊んでいた大人げない大人がたまたま同じ日に来たのだろう。そう思うことにした。しかし、私の心には引っ掛かるものがあった。
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