甘く溶けゆく雪

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甘く溶けゆく雪

その日、帝国南部は百年に一度の大雪に見舞われた。 それは、今夜来るはずの伝令も来るわけがないくらいに。 しかし、第十二王女シトリーは深い安堵を覚えていた。 「これでは、流石に鬼神の如き連邦軍も攻めてこないわよね」 第十二王女シトリーの役職は帝国陸軍南部方面軍司令官とかいう大層なものであった。 権力者には武勲が必要という帝国の古臭い風習による帰結だったのである。 だが、虫一匹殺さないシトリーにとって、軍の指揮など出来るわけもない。 彼女にできることは今のように司令室に深く腰掛け、優雅に過ごすのみ。 金髪碧眼美少女が椅子に座っているだけで実は士気も上がる。 故に、南部方面軍の指揮権は陸軍士官学校を首席で合格した副官殿が握っていた。 シトリーの胸には中将であることを示す「ピカピカ」の階級章が輝いているのみだ。 国家のため散る勇気もなければ、軍を操る才もない。 ―さらに言えば、兵を死地に送る勇気もない。 「こっちに来て一か月も経つけど、ベレトは私がいなくて寂しがっていないかしら。」 「寂しいのは、シトリー中将のほうでは?」 「何よ。副官の分際で。」 「ベレト王女殿下はシトリー王女殿下と違い、軍事の才がありますので大丈夫ですよ。」 「うるさいわね!まぁベレトが優秀なのは確かだけれども・・・」 副官に怒っているはずのシトリーは何故かにやけていた。 おそらく、最愛の妹である第十三王女ベレトを褒められて嬉しいのであろう。 シトリーの副官を務めるグリフォン少将は宰相の子であり、所謂シトリーの幼馴染。 故に上官をからかってもお咎めなし。 彼女が帝国でベレトのほかに唯一心を許す人間だった。 そのため、シトリーはそこまで寂しさを感じていなかった。 「二人きりの時くらい、『中将』は止めてくれない?」 「じゃあ、敬語も止めるわよ、シトリー。」 「ありがと、グリフォン。助かるわ。」 女性初の陸軍士官学校首席卒業者であるグリフォンはいたずらに微笑んだ。 彼女の砕けた笑顔はシトリーの心を癒した。 グリフォンという女性はまったくシトリーのお付きにピッタリであった。 しかも、彼女の才は近年の首席卒業者と比べても最良の存在。 美貌、頭脳、身体能力、家柄全てを持ち合わせている軍人。 第十三王女のお付きとしても、おあつらえ向きの人間ということだ。 ―グリフォンは幼き頃からそのために努力していたのであるが― 「シトリー、紅茶でも飲まない?」 「いや、今日はコーヒーの気分ね。ブラックをお願いできるかしら。」 「珍しいわね。シトリーがミルクも入れないなんてね。」 「私だって成長するのよ!」 「あの『シュガー王女殿下』がね」 「うるさいわね。不敬罪よ!」 『シュガー王女殿下』とはシトリーが王宮に居た頃のあだ名である。 読んで字のごとく、糖分を愛してやまない王女殿下という意味だ。 その『シュガー王女殿下』はグリフォンに茶化されて大層ご立腹である。 冬眠を控えたリスのように頬を膨らませ赤めて・・・ そのような顔をしてもグリフォンにとってご褒美ともつゆ知らずに。 彼女はグリフォン少将による頬に対する挟み撃ち攻撃を受けた。 シトリーが頬に貯めた空気は強制的に吐き出させられたのである。 このやり取りのためにグリフォン少将は幼き日から努力を続けたといっても過言ではない。 「無理するのは止めなさい?美味しい飲み方で飲むのが一番よ?」 「わかったわよ。ミルクも砂糖もたっぷりでお願い。グリフォン。」 「ええ。そのほうがいいに決まっているわ。」 「まぁ貴方の前でくらい大人ぶるのは止めようかしら。」 「私もシトリーが普段から大人ぶらなくて良いように努力するわ。」 「それってどうする気?」 「環境を変えるのよ。『シュガー王女殿下』でも暮らしやすいように・・・」 「とっても楽しみだわ。」 「ええ。楽しみにしてね?決して悪いようにはしないから。」 しばらくすると、シトリーの目の前には真っ白なカフェオレが置かれた。 甘い香りが部屋中に響き渡る。 先ほどまで散々文句を付けていたシトリーも喜んで口にしている。 その『シュガー王女殿下』をみて副官殿もご満悦であった。 「少し、眠くなってきたわ。カフェインも砂糖とミルクには勝てないのね。」 「寝ていてもいいわよ。シトリー。今日の執務は終わったもの。」 「優秀な副官を持って幸せだわ。では私室へ向かうとするわ。」 「了解よ。お休み。シトリー。」 「お休み。グリフォン」 シトリーが執務室から離れ、私室へ入ると南部方面軍司令部は慌ただしくなった。 執務室では執務を終えたはずの少将閣下が働いている。 しかも、各部隊の指揮官を全員招集して・・・ 「この千載一遇のチャンスを失うわけには行かない。」 「少将閣下。準備は整いました。残るは宣戦布告のみです。」 「分かった。では明日の9時に宣戦布告をする。」 「承知いたしました。」 「帝国の思い通りにはさせん。シトリー王女殿下のために命を捨てる覚悟はしたか!」 「「「「「はっ!わが魂はシトリー王女殿下と共に!!!」」」」」 彼らの胸には帝国陸軍の敵であるはずの連邦陸軍の階級章が輝く。 彼らはグリフォン『中将』指揮下の『連邦陸軍北部方面軍』と一瞬のうちに変わり果てた。 帝国軍総本部に南部方面軍の謀反が伝えられたのは大雪の止んだ三日後。 歴史的な大雪が帝国の交通網を麻痺させたことによって、事態は最悪を極めていた。 南部方面軍の兵力は丸ごと連邦に奪われた挙句、連邦軍の増援も到着。 故に、百人いれば九十九人が『負け戦』であろうと判断する場面であった。 そのなかの諦めきれぬ『一人』は怒りに打ち震えていた。 「シトリー姉様は無事なのか!一体どうなっている!」 シトリーに負けず劣らずの美貌を誇る第十三王女兼陸軍参謀総長ベレトが叫んだ。 普段から笑顔を浮かべるような人間ではなかった。 しかし、それ以上に声を荒げるような人間では無いことを部下は知っている。 「閣下、シトリー中将の安否は不明となっております。」 「そんなことは分かっている!サッサと調査しろ!」 「鋭意、遂行中であります。」 「逆賊は一体誰なのだ。まさか、シトリー姉様なのか・・・?」 「お言葉ですが、シトリー中将に謀反を起こす軍事の才はないかと思われます。」 「おい!貴様!シトリー姉様が無能だとでも言いたいのか!」 「め、滅相もございません。」 ベレトという指揮官は決して言われもないことで部下を糾弾はしなかった。 そんな彼女をこうも変えてしまうほど彼女の中でシトリーは大きいものであった。 そもそも、シトリーの安息のためにベレトは軍事の才を磨いていた。 ベレトにとって世界はシトリーのために回っていたのである。 幼き頃から感情表現に難があったベレト。 王族の中で『可愛くない妹』と扱われた彼女を可愛がってくれたのはシトリーのみ。 実感的には彼女の家族はシトリーだけだった。 心の強い人間でなければとっくに人格崩壊していたであろう。 唯一の家族を奪われた者の行動としては上等な行動である。 感情に身を任せつつも、部下に妥当な命令を出している。 天性の指揮官の才がベレトにはあったと言わざるを得ない。 突如としてバタバタと慌ただしい足音がベレトのもとへ向かった。 「連邦軍からの伝令です!」 「何!?読み上げろ!」 「はっ!」 『親愛なるベレト殿下へ 殿下に於かれましては件のことはさぞ驚きになられていると存じますがご安心ください。シトリー殿下はご健在です。シトリー殿下の忠臣 連邦陸軍北部方面軍司令官グリフォンより』 「何だ。このふざけた文は・・・正式な文書ですらない・・・」 「グリフォン少将が裏切ったとでもいうのか・・・」 「連邦陸軍北部方面軍司令官ほどの地位を連邦陸軍は与えたのか・・・」 「シトリー殿下はご無事なのだな。」 十人十色の意見を将軍たちが自由に騒ぎ立てた。 しかし、伝令を聞き不思議と納得しているベレトがそこにいた。 彼女の中には二つの感情がいがみ合っていた。 一つはシトリーの無事を喜ぶもの。しかもグリフォンの手中にいるならばなおさら。 彼女はグリフォンがシトリーに向けている感情が敬愛ではないことくらい知っていた。 グリフォンがシトリーに危害を加える事態は考えられない。 もう一つはシトリーを奪われたという嫉妬の感情。 シトリーに恋愛感情を向けているのはグリフォンのみではない。 ベレトの持つ愛情は姉妹のそれではなく、伴侶の持つものに近かった。 恋愛感情といって差し支えないだろう。 出来るものならばベレトもシトリーを独り占めしたかった。 「しかし、一体何故グリフォンは謀反など・・・」 「簡単だ。王国とのシトリーの政略結婚の阻止だろう。」 グリフォンの考えがベレトには手に取るように分かった。 ここ最近のベレトの気がかりがそれであったからだ。 同じくシトリーに恋慕を抱く者同士通じるものがあった。 しかしだ・・・ 「王国との婚姻の話は無くなったのでは・・・」 「あぁ。私が潰した。王国など信用に足らん。」 「あの大雪さえなければ・・・」 「運命とは全く皮肉なものだ・・・」 大雪には非常に困ったものだ。 結果的にグリフォンを暴走させ、帝国を窮地に陥れた。 兎にも角にもベレトに出来ることは軍事の才を披露することのみだ。 「敵の魂胆は分かった。グリフォンたちはこちらに戻ってくるかもしれん。」 「仰せの通りです。閣下。」 「グリフォンの処分は私に一任してほしい。シトリーを思ってのことだ。」 「承知致しました。第一に考えるべきはシトリー王女殿下の安全です!」 「あぁ。諸君らの活躍を期待している。」 シトリー王女殿下、いや『シュガー王女殿下』の人徳のためだろうか。 帝国陸軍参謀本部には圧倒的な連帯感が生まれていた。 連帯感が生まれていたのはもちろん、帝国陸軍だけではなかった。 連邦陸軍北部方面軍、つまりは元帝国陸軍南部方面軍である。 シトリーには軍事の才はなかった。 しかし、人心掌握の才は群を抜いていたのである。 下士官にも笑顔で挨拶を忘れることは決してなかった。 陸軍という男社会の中で彼女の笑顔は唯一の癒し。 もちろん、彼女の美貌がなければ『弛んでいる』と一括されるだろう。 だが、彼女の美貌は西洋人形そのものであったのである。 それ故に、南部方面軍への転属願いは多かった。 つまり、彼らの『忠義』は帝国ではなくシトリーに向けられていたのである。 ましてや、優秀で美麗な副官の統括の下だ。 部隊内での謀反は無いと言って差し支えないだろう。 ところが、現在の部下たちの行動はシトリーの意に反するものであった。 シトリーは私室でしばらく軟禁状態になっていた。 「グリフォン。もう馬鹿な真似はやめなさい。これは命令よ。」 「嫌よ。貴方を王国との政略結婚の道具になんてさせやしないわ!」 「いいのよ。私の扱いなんて・・・私みたいな無能は道具になって当然よ。」 「私が困るのよ!!!!!」 グリフォンが声を荒げた。 シトリーは驚きを隠せなかった。 グリフォンは自己犠牲的にシトリーの為に謀反を起こしたと踏んでいた。 帝国王女への忠義としてだ。 しかし、彼女は『私が』困ると言っている。 この時のシトリーには決してグリフォンの意図は分からなかった。 「シトリー、貴方には分からないよね。きっと。」 「ええ。分からないわ。申し訳ないけれど・・・」 「私ね。貴方や帝国に忠誠心なんて無いのよ。」 シトリーは驚愕せざるを得なかった。 無理もない。 何時でも近くに控えていた忠臣と思っていた存在が不敬をカミングアウトしたのだ。 美しいシトリーの碧眼からしずくが零れ落ちた。 「貴方、本当に連邦軍のスパイだったの・・・」 「いいえ、違うわ。貴方相手には行動で示したほうが良さそうね。」 「な、なに・・・」 グッとグリフォンはシトリーに顔を寄せた。 シトリーが気づいたころには彼女たちは交じり合っていた。 強引だけれど、どこか優しい口づけは数分続いた。 シトリーは拒まなかった。 快楽に身を任せていたというのが正しいのだろうか。 兎にも角にもシトリーはグリフォンに身を委ねていた。 「これで分かってくれたかしら。」 「でも、そんな素振りは・・・」 「貴方、鈍感なのよ。私は幼いころから貴方のために生きてきた。」 「じゃあ陸軍士官学校に行ったのも私のため?」 「ええ。私の原動力は帝国や貴方への忠義じゃない。貴方への愛そのものよ。」 「そんなこといきなり言われても・・・」 「別に私と愛し合え、なんて強制しないわ。あなたの結婚を止めたかっただけ。」 「でも、私なんかの為に貴方はこんなイバラの道を―」 「そもそも貴方のいない道なんて私にはありえないのよ。」 「いったい、連邦とどんな密約を交わしたというのよ。」 「意外と簡単だったわ。王国と帝国の連携は連邦にとっても回避すべき道。」 「それで貴方の地位も『北部方面軍司令官』なんて大層なものになったのね。」 「それだけじゃないの。実は最近、王国が連邦に侵攻を開始しているらしいの。」 連邦は近年軍事費を政権によって削られている。 嘗ての鬼神の如き連邦陸軍は見る影もないものとなっていた・・・ 王国の侵攻など阻めるわけもなかったのだ。 王国との戦闘を経て連邦陸軍西部方面軍は事実上壊滅した。 そんな中、帝国の階級章付けた鴨が葱を背負ってやってきた訳だ。 優秀と名高いグリフォン少将の謀反だ。 条件もシトリー王女殿下の身の安全。 連邦にとっては安すぎるというわけだ。 こうも簡単に帝国の南部と歴戦の兵士を手に入れることができるのだから。 シトリーでもいとも簡単に説明を理解できた。 「なるほどね。私は今、捕虜ってところかしら?」 「まさか。貴方を『捕虜』なんてものに私がすると思う?」 「あらま。私はグリフォンの『モノ』と思っていたけれど。」 「それもなかなか・・・ち、違うのよ!」 慌てふためくグリフォンをみて笑っていられるほどシトリーは落ち着いていた。 グリフォンによる『裏切り』ではないと判断できたからである。 「貴方は肩書上、私の副官シトリー少将よ。」 「立場逆転ということですね。中将。」 「よしてよぉ!」 「今までのお返しよ!」 謀反を起こした本部とはとても思えない和やかな雰囲気だった。 しかし、現実とは非情である。 平穏の破壊者たる『伝令』がグリフォンに迫っていた。 「グリフォン中将!帝国からの伝令でございます!」 「読み上げなくてよい。内容だけ伝えろ。」 「はっ!王国との婚姻の話は無くなった模様です。」 「何だと・・・?」 「大人しく投降すれば不問とする。と・・・」 「そんな訳があるか!そんなの嘘に決まっている!」 「それが、ベレト参謀総長の印があるのです・・・」 「ベレト王女殿下のか・・・分かった。引け。」 「はっ・・・」 グリフォンの表情は誰が見ても絶望のそれと分かるものだった。 シトリーは心配そうにグリフォンの顔を覗き込む。 「シトリー、貴方は部下を引き連れ投降しなさい。」 「グリフォン、貴方はどうするというの?」 「私は謀反の責任をとって自害するわ。」 「不問とすると言っているじゃない!投稿しましょう?」 「いくらベレト王女殿下の許しを得たとしても他からはきっと得られない。」 「そんなこと言ったら私だって・・・」 「ベレト王女殿下なら貴方くらい守り切れるでしょう。私一人の命で貴方を助けて見せる。」 グリフォンは決意の表情をシトリーに見せつけた。 しかし、シトリーは見逃さなかった。 彼女の手が微かに震えているのを。 「ベレト王女殿下はきっとシトリーのためなら何でもする。きっと私と似ているのよ。」 「グリフォン、何時でも私が貴方の思い通りなんて思わないでね。」 「何を・・・」 「私の前からいなくなるなんて許さないわ。」 シトリーはグリフォンを固く、固く抱きしめた。 気が付くと二人は泣きあっていた。 子供みたいに。 昔みたいに。 満足するとシトリーが話し始めた。」 「私さっき気づいたの。貴方のことが好きだって。」 「っ!!その言葉だけで十分よ。貴方は強く生きて・・・?」 「嫌よ。私の前からいなくなるのは許さない。グリフォンもベレトも・・・」 「ベレト王女殿下と私はもはや敵。帝国に戻りなさい。最後のお願いよ?」 「勝手なこと言わないで!私に良い案があるの。」 「良い案・・・?」 「今回くらい、私の我儘を聞いて?」 「貴方はいつも我儘じゃない?」 グリフォンは笑いながらシトリーに答えた。 それはシトリーに従うという意思表示でもあったのだ。 帝国陸軍南部方面軍の謀反が起きた大雪から一週間後。 大雪はすっかり溶けて、進軍に支障も無かった。 ベレト参謀総長率いる帝国軍は帝国南部に到着していた。 残念ながら、投降の報はベレトに届いていない。 「意地でもシトリーは渡さないということか。愚かな。」 「グリフォンは極刑を免れないでしょうね」 「あぁ。わが愛しのシトリー姉様を奪った罪は重い。」 ベレトは思考を巡らせていた。 如何にして敵を殲滅するか。 如何にしてシトリーを救い出すか。 如何にしてグリフォンを殺すか。 如何にしてシトリーのメンタルケアをするか。 そんなことを考えていると陣地形成はあっという間に終わっていた。 「では行くか!シトリー姉様救出を最優先とせよ!」 「「「「「はっ!!!」」」」」 「総員出撃!!!」 城門に向かうと城門から連邦陸軍の軍人が現れた。 出てきたのは金髪碧眼の美少女であった。 帝国の第十二王女シトリーその人であった。 「シトリー姉様・・・」 「謀反を起こしたのはシトリー王女殿下とでもいうのか・・・」 帝国陸軍は一瞬にして士気を奪われた。 当たり前だ。 救出対象が敵として現れたのだ。 「帝国陸軍の諸君に告ぐ!我らは帝国南部領以上の侵攻はしない!わが軍は数にして二百万!そちら側の撤退を勧める!もちろん、タダでは返さん!撤退には捕虜として帝国陸軍ベレト参謀総長を要求する。これは連邦陸軍北部方面軍司令官『グリフォン中将』のお言葉である!」 戦場となるはずであった場所にはしばらくの間、静寂が訪れた。 「軍を頼む。」 「承知致しました。ベレト参謀総長・・・」 帝国陸軍の兵五十万人は驚きの速さで撤退した。 シトリー救出という大義を失った帝国陸軍に四倍の兵を相手にする覚悟は無かった。 ベレトを置いて尻尾を巻いて逃げて行った。 まぁシトリーがベレトに非道なことをする訳も無い。 ベレト指揮下だったので、現実的な判断である。 「シトリー姉様、ご無事で何よりです。」 「ベレト、ごめんなさいね。取り敢えず中へ入りなさい。」 ベレトは中に入っても武器を没収されることもなかった。 執務室に入ると『グリフォン中将』が待っていた。 「ベレトをお連れしました。中将閣下。」 「だから、からかうのはやめてよ!シトリー」 「また、顔真っ赤にして可愛いわね。グリフォン中将。」 ベレトは目の前の状況を理解することが出来なかった。 いくら身内とはいえ、目の前にいるのは敵将であるはず。 しかし、目の前の状況は何だ。 ベタベタ抱き着きながら、イチャついているバカ二人。 ベレトは呆れていた。 「ベレト姉様、まさかイチャコラを見せつけに呼んだわけではないですよね?」 「そんな・・・イチャコラだなんて・・・」 「ベレト王女殿下、これは違うんですよ・・・?」 「分かりました。姉様はグリフォンとの愛を育むために謀反を・・・」 「いや、違うのですよ。謀反を起こしたのは私、グリフォンです。」 「では、何故・・・?」 「私はシトリーに篭絡されちゃったの。」 「シトリー!冗談も大概にして。」 「グリフォン、さっさと説明しなさい。」 グリフォンはこれまでの経緯を語った。 ベレトはとても納得していた。 やはり動機はシトリーの政略結婚であったことに。 そして、グリフォンが自害を覚悟していたことに感心した。 「グリフォン、貴様になら姉様を任せられる。姉様を頼んだぞ。」 「ありがとうございます。ベレト王女殿下。」 「で、一体私をいつ開放してくださいますか。姉様。」 「うーんと・・・私が死ぬまで?」 「はい?」 「私、グリフォンに求められて気づいたの。私、グリフォンが好きって。」 「それは先ほど聞きましたが・・・」 「でもね。もう一つ気づいたの。私はベレトも同じくらい好きってね」 シトリーは突如としてベレトに抱き着いた。 ベレトはいきなりのことに支えきれず、倒れこんでしまった。 そこからはシトリーの独壇場。 如何なる男子にも落とせなかった難攻不落を誇るベレトの口内は蹂躙された。 『シュガー王女殿下』によるベレトの最も甘い時間。 グリフォンに嫉妬の炎が燃えていたのは言うまでもない。 「シトリー、いつまで見せつける気?」 「ごめん、ごめん。グリフォンにも・・・」 まったく『シュガー王女殿下』は自由気ままである。 結局話が本題に戻ったのは30分後くらいであった。 「あのね。私は二人とも愛しているの。どちらも諦める気なんてないのよ」 「グリフォン、貴様も苦労するな。」 「えぇ。とっても。ついこの間まで鈍感娘でしたのに・・・」 「グリフォンが私をこうしたのよ?」 「それは・・・」 「まぁ、姉様の我儘は今に始まったことではない。乗せられることにしましょう。」 「そうですね。シトリーから離れるなんて私にはできないもの。」 「じゃあ、二人とも私の『モノ』になってね?」 セリフだけ見れば欲望に満ち溢れていた。 しかし。そのセリフは三人にとって慈愛に満ちた言葉だった。 この数年後、とある一人の女性が二人の伴侶と共に同性婚合法化のために連邦の大統領を目指すのはまた別のお話。
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