1.プロローグ

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1.プロローグ

 穏やかな日の午後2時。お昼休みを終え、一段落がついた頃に内線電話が鳴った。今年入ったばかりの新入社員が電話を取り、少し話をしたあとに部長のところへ駆け寄っていった。 「すみません、部長。警備員からで、来訪したアンドロイドの対応をお願いしたいそうなのですが…」 「アンドロイドォ?あれが一人でここまで来るわけないだろ!それに、そういうのを追い返すのも警備員の仕事だろうが…」 「私もそう言ったのですが、『オリジナルと会わせてほしい』と言って聞かないそうなんです。」  私はもしやと思い、立ち上がる。今日こそは何も考えずにマインスイーパーの16×30の新記録を狙おうと思っていたが、今の話を聞く限りそれどころではなさそうだ。 「部長、もしよろしければ、私にその対応をさせていただけませんか?」 私の顔を見て、部長は一瞬苦虫を噛み潰したような顔をする。 「しかし、君は…」 「年中無休で暇ですし、私であれば万が一オリジナルに何かがあっても、それなりの対応ができるかと思います。」  それでも、私に任せようか迷っている部長に畳み掛ける。 「それに、アンドロイドが一人で来てオリジナルに会いたがるなんて、最近噂になっている『アレ』の特徴にそっくりですよね。私、一度でいいので『アレ』がどんな感じなのか見ておきたいんですよ。今後のために。」  とびきりの下手くそな笑顔で部長の返事を待つ。部長は溜め息をつきながら、 「間違っても、変な気を起こすなよ。」 そう言って、許可をくれた。  2090年、日本。21世紀も終わりが見え始めた頃、アンドロイドが爆発的に普及した。その背景には、機能、思考力、感情、そのすべてが人間に限りなく近いAIを持ったアンドロイドが開発されたことにある。それが我が社で保管している『オリジナル』だ。  人間に近いAIというのは多くの開発者が長年取り組んできたものであるが、実現は不可能とされていた。その大きな理由は、感情の再現にあった。人間の感情はとても繊細にできており、プログラムで表そうとすると何万、何億、下手をすれば何兆というパターンを組まなければならない。そこまでならば、まだ現実的なのだが、さらに厄介にしているのが『感情の揺らぎ』と呼ばれるものだ。感情というのは、同じ場所、同じ条件でも別な感情が出ることが多くある。これを『感情の揺らぎ』と呼んだ。『感情の揺らぎ』をプログラムで表そうとすると、最早、天文学的な数字のパターンを組まなければならず、現実的に無理とされていた。  では、この会社で保管されている『オリジナル』は、その途方もない努力の末にできたのかと言われれば、そうではない。確かに、それまで作られたAIとは比べ物にならない数のプログラムがインプットはされてはいるが、それでも『感情の揺らぎ』を再現するには至らない数のはずなのだ。では、なぜ人間に限りなく近いAIが作れたのか。実はそれは開発者すらわかっておらず、そのAIにだけ、なぜか『感情の揺らぎ』が生まれたのだ。それは奇跡と呼ぶしかなかった。  そのAIをもとにして、アンドロイド産業は急速に発達した。『そのAIをもとにして』と言ったが、開発者ですら、なぜできたのかわかってない代物なので下手に触ることはできない。そのため、世に出回っているAIは、『オリジナル』のAIをコピーして使っており、その中身も厳重にロックされている。つまり、この会社以外がまともなアンドロイドを作ることはできないのだ。もし、『オリジナル』が失われればアンドロイドの生産ができなくなり、人類の文明レベルは一気に落ちるとも言われている。だからこそ、『オリジナル』へは、会社内でも一部の人間のみしか接触することができず、その姿を見せることすら禁止されているのだ。  会社のロビーに着くと、警備員とその隣にむくれ顔の少女が立っていた。 「お疲れ様です。ここからは、私が引き継ぐわ。」  警備員は一礼すると、そそくさと持ち場へ戻っていった。少女を見る。数年前に出されたAND-773型だ。 「それで、『オリジナル』に会いたいそうね。理由を聞かせてもらえる?」 私の問いかけに、少女は私の目をまっすぐ見て答えた。 「壊すためよ。」
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