4.エピローグ

1/2
前へ
/7ページ
次へ

4.エピローグ

 ミズキが出て行ってからしばらくして、私は『オリジナル』の方に向き直る。彼女はいつもと変わらず、無言で私の犯した罪を糾弾し続けている。 「これで良かったんでしょ?」 『オリジナル』の頭を撫でながら呟く。  『劣化コピー』と呼ばれ続ける生活は地獄だった。それでも妹は、私を蔑むことなく姉として接してくれた。私が『劣化コピー』と呼ばれているのを聞くたび、 「お姉ちゃんは、私のコピーなんかじゃない!お姉ちゃんはお姉ちゃん。私なんかが知らないことをたくさん知ってるんだから!」  そう言って、反論していた。しかし、心がすでに捻じ曲がってしまっていた私には、その言葉が『私を姉と一緒にするな。あいつと私は見える世界も生きる場所も違うんだ』と言っているようにしか聞こえなかった。  そんな劣等感が爆発したのは、高校生のときだった。当時好きだった男の子が妹に告白しているところを見て、全てが許せなくなった。妹がいる限り『私』というものは存在できないのだと心の底から思った。 「お姉ちゃん、今から少しだけお散歩いかない?」  その日の夜に、妹から散歩に誘われた。その誘いを受けて、夜の道を歩く。大通りへ出る手前で、妹は言いにくそうに言った。 「あのね、今日男の子から告白され…」 「知ってるよ。」  自分でも驚くほどの冷たい声だった。妹は驚いた顔でこちらを向く。そんな妹に向けて怒鳴る。 「いい加減にして!私から全てを奪ってそんなに楽しいの?!  あんたなんかと…あんたなんかと双子じゃなければ私は…!」  醜い気持ちをぶちまけながら、妹の身体を大通りの方へ突き飛ばした。妹の身体はふわりと道路へ飛んでいき、生々しい音とともにトラックに砕かれた。そのときの私は罪悪感は全くなく、これで解放されたのだと清々しい気持ちにさえなっていた。  妹の本心にようやく気付いたのは、葬式のあとに遺品整理をしていたときだった。妹の日記を見つけ、どれほど私を嫌っていたのだろうと何気なく開いてみた。そこには、自分のせいで大好きな姉を苦しめていることへの苦悩と謝罪の言葉しか書かれていなかった。そして日記が書かれた最後のページ、妹が死んだ日には、『私はお姉ちゃんを不幸にしかできない』という一言と涙が落ちた跡があった。  このとき初めて、自分がしてしまったことの愚かさを自覚した。私は馬鹿な姉だ。妹はいつだって私の理解者だったはずなのに、それを疑い、そして…。  私は、妹に謝りたいと思った。額を地面に押し付けて、馬鹿な姉を許してほしいと妹の前で叫びたかった。しかし、死んだ人間を生き返らせることはできない。  そこでAIにすがった。妹と全く同じ人格を創りだし、許してもらおうと思った。叶うのなら、また一緒に暮らしたいとさえ思った。  AI作成のためにデータを打ち込み続けて5年が経ったころ、AIはこちらが想定しない挙動を何度もするようになった。それが『感情の揺らぎ』だった。この想定しない挙動のおかげでAI作成は順調に進み、私はとうとう一人で完璧なアンドロイドを作り上げた。  起動してすぐに、私は妹の前で土下座した。 「お…お姉ちゃん、どうしたの?」  妹は目を丸くして尋ねてくる。聞くのが怖かったが、その質問に答えるように尋ねてみる。 「あなた、最後の記憶が何だったか覚えてる?」 妹はその言葉を聞き、ハッとする。唇をキュッと噛みながら辛そうな顔で頷いた。私は頭を下げたまま、ずっと伝えたかった言葉を妹に告げる。 「ごめんなさい。謝ってどうにかなる問題じゃないのはわかってる。でも、謝らせて。こんな馬鹿な姉を許して!」  どんな罵りの言葉が来るのだろうとビクビクとしていると、妹は私を抱きしめた。 「許す。許すよ。だって、私、お姉ちゃんが大好きだもん!」  二人で抱き合いながら、一晩中泣き続けた。  しばらくして、私の噂を聞きつけて、とある企業がやってきた。 「あなたの作ったプログラムは『感情の揺らぎ』という我々が長年夢見た技術です。これは、人類史に残るほどの偉業で、この技術が普及すれば人類は更なる進歩をします。ぜひ、人類の進歩のために、我々と協力をしていただけませんか。」  それを聞いて、妹が私に抱き着いた。 「お姉ちゃん、すごい!」  その声と妹の興奮した様子で、現実のことなのだと改めて認識した。嬉しさが込み上げてくる。 「つきましては、そちらの妹さんにもデータ採取のために、ご協力いただきたいと思っています。」  これで『劣化コピー』と呼んでいた人たちを見返せる。そう思い、それがどういうことを引き起こすのかあまり考えずに快諾してしまった。  気が付いたときには、私に目の前には『オリジナル』と呼ばれるようになっていた妹がいた。私は企業の研究者に掴みかかり、問いただす。 「話が違うぞ。妹からはデータを採取するだけだと言っていただろう。なんだ、あの姿は!」 「いやぁ、我々もそのつもりだったのですが、どうにも上手くいかなくて。それならばいっそ、妹さんのプログラムをコピーしてしまおうと上の会議で決まったんですよ。大切な『オリジナル』なので無暗に動かれては困りますし、不要なパーツは外させていただきました。事後報告になってしまったことをお許しください。」  研究者の1人が嘲笑うように告げた。それを聞き、膝から崩れ落ちる。騙されたのだと、ようやく気が付いた。 「あ、そうそう。あなたには新しい役職が与えられます。この『オリジナル』の保守だけをするお仕事です。他には何もする必要はありません。いやぁ、楽なお仕事でたくさんのお給料が貰えるなんて羨ましい!」  研究者たちがそう言いながら笑い、去っていった。変わり果てた妹に視線を向ける。妹の痛々しい姿が目に映り、その姿は涙で徐々に滲み始める。自分の都合で妹を殺し、その罪から逃れたいためだけに蘇らせた。そして、自分の名声のためだけに、妹をこんな酷い姿にさせ、永遠に続く苦しみを与えてしまうことになってしまった。 「私は…馬鹿だ。」  誰もいない部屋。私は自分の身勝手さと愚かさを呪った。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加