本を探しに

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 ドアの前に行って、手すりを掴んで立って、窓の外を眺めていた。  ひゅんひゅんと景色が飛んでいく。夏の真昼間、入道雲が真っ白に広がっていて、いかにも暑そう。でもクーラーの効いた車内からは、むしろ夏らしさの良いところだけを感じさせられて目に嬉しかった。  そのことは、司と初めて向き合って話をしたときのことを思い出させた。  初めて正面から話をした日。  司も覚えているだろうか。  忘れているはずはないけれど。司にとっても一種の転機だっただろうから。  それでも今朝のことはまだぼんやりとしか思い出せずに、やはりぽうっと景色を眺めてしまったのだった。  意識してしまったのは、通学バッグに入れているポーチの中に大事にしまってある、地味な茶色の本、まだビニール袋に入ったままのそれだった。  小さくて薄くて軽い『本』。  それが自分と司を繋いでくれたのだ。大したものではないのに、とてもとても大切な『一冊』。  その本のことを考えているうちに、ふと思った。  本屋さんに行ってみようか。  初版本など売っているはずはない。きっと古本屋さんとか……そういうところにしか売っていないだろうし、それだっていつも置いているというものなわけはないし、それにきっと高価なのだろう。ぽんと買える気はしなかった。  それでも、行ってみようと思った。  本に囲まれたかったのだ。  文字は力を持つという。それも司にある日、聞いたことである。  だから、文字がたっぷり詰まっていて、それが棚にたっぷり収まっている本屋さん。そこに行けば、自分の気持ちにも力が持てるのではないかと思った。  本屋さんに行きたい、と少し前に思ったことも手伝って。  あれは、司と行けたらなぁと思ったのだけど。  とりあえず今は、それとは別に。  でもいつか叶えたい。  そして叶う可能性は、どうやら少なくなさそう。  それはとても幸せなことなのだろう。  降りる駅が近付いた頃には思考はそこまで辿り着いて、美雪はちょっとだけ落ちつくことができた。  しかし夜は眠れなかったけれど。  月が空の真上にのぼって、窓からあかるく部屋に差し込んで、そのやさしい光を注いでくる。それを浴びても眠れなかった。  司の姿、服装、表情、そして行動。すべてが頭の中をぐるぐると回っているようだった。  そして自分からも。  好きだなぁ、と思う。  想いを告げられたことで、自分の中にはっきり根付いた。  今なら口に出して言えるかもしれない。それほど引っ込み思案ではないので。  ただ、やはり。  面と向かって言うのは恥ずかしいに決まっている。告白されたのも初めてであるけれど、自分から言う、まぁこれはほぼ返事のようなものではあるが、とにかく自分から恋心を伝えるというのも初めてであるので。  向こうに示されていない状態で言うよりは百倍ラクだろうが、それでもやはり。  そんな弱気な心をどうにかするためにも、本屋さんに行ってみようと思ったのもある。  それはやはり、『文字の持つ力』。それに触れて、あわよくば少し分けてもらえば、そういう勇気も出るのではないかと思ったのだった。
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