魔法と運命

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 外界から遮断(しゃだん)された家で、二人と一匹の生活は穏やかに過ぎゆく。組織も専念しろと言った通り、進捗(しんちょく)を尋ねる連絡すら寄越さない。 「どうしてこんなに親切にしてくれるんですか? もしかして、以前から知り合いだったの?」  少女は問う。  記憶を失くしていても、一般常識に関して、彼女は世間知らずではなかった。僕が住み込みで日常の家事までこなしていることを、不思議に思いはじめているらしい。 「あなたのお父上に、以前お世話になりました」  僕はもっともらしい嘘で取り(つくろ)う。魔法で疑問を誤魔化すことならいくらでも出来るのに、どういうわけかその気になれない。 「父は亡くなったんですよね?」  彼女の声は沈んでいた。 「記憶があったらちゃんと悲しめるのに、どうしてひとつも思い出せないのかな」  残念ながら、僕には記憶を抹消する力はあっても、欠落したそれを修復する力はない。 「まだ悲しむタイミングじゃないんですよ」 「タイミング?」 「体の苦痛がひどい時に心まで痛かったら、元気になろうと思えないでしょう? だから今は神様が記憶を預かってくれてるんだと思います」  口先だけの慰めに過ぎないのに、彼女はふわりと柔らかく笑った。 「あなたは優しいですね」  僕の胸にまたチクリとした痛みが走る。同時に、どこか甘さを含んだ痺れがじわじわと広がってくるのを感じた。  この甘い痺れが何か、わからないわけではない。だが、人間に対してこんな感情を抱くなどありえないことだ。  姿かたちが同じようであっても、魔法使いと人間とでは、生きている時間軸がまるで違う。僕らから見れば、あっという間に老いて死んでいく相手を、対等に思えと言われても無理なのだ。  もちろん魔法使いの中にも、人間を愛でて傍に置く者はいる。だがその気持ちは、愛玩動物に対するものに近い。老いて弱ったり亡くしたりすれば悲しみはするが、はじめからそういうものだと認識しているため、唯一無二の存在にはなりえない。  でも彼女は僕が修復したのだから……都合のいい妄想が浮かんでくるのを、必死で(いまし)めて抑えつけた。
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