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この手を離しさえすれば、僕は元に戻れる。
「忘れてもいいよ」
彼女のほっそりした手から、頼りなく力が抜けていく。透徹した表情が、迷いなく覚悟を決めたことを物語っている。
そして彼女は、空いている方の手で、僕の指を一本ずつ外しにかかった。
ことの発端は予定時刻に生じたズレだった。
僕が現場に着くより早く、その事故は起きてしまった。
魔法を使って護るはずだった十七歳の少女は、取り返しのつかない重傷を負い、僕は初めての事態に愕然とした。
「占い師はもう……?」
見届け役の仲間に電話すると、冷静な答えが返ってきた。
「当然。迷いのない見事な最期だった」
「そうか」
「どうした? わざわざ確認が必要なことでもあるまいに」
通常なら任務は単独でこなすもので、同じ案件に関わる仲間同士であっても、いちいち連絡を取りあったりなどしないのが普通だ。
「時刻にズレが生じて娘を救えなかった」
僕自身のミスではないが、不首尾を伝えるのは良い気分ではない。
「遅参したのか?」
「いや、指示が間違っていたのだ」
「そんな馬鹿な……!」
仲間は絶句した。
ミスが許されないこの任務には、最高位の魔法使いが計算した秒単位の時刻予想が不可欠である。それは常に正確なはずで、何重にもチェックされて導き出された時刻が間違っているなんてありえないことだ。
「おぬしが聞き間違えたのではないか?」
「失敬なことを言うな」
僕は見た目こそ若いが、魔法を習得したのはずいぶん昔のことで、人間の一生でいうと三回分ぐらいの年月を魔法使いとして生きてきた。その間、重大な任務においてミスしたことなど一度もない。
「とにかく、組織の上に報告して指示を仰ぐしかあるまい。こちらは予定通りで何の問題もなかったが」
「わかっている」
僕のミスを疑うような態度は不愉快だが、彼の言う通りにするしかなかった。
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