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それから数週間が過ぎた。
彼女は片時も傍を離れたがらず、そのやわらかい温もりと愛情で僕を包みこみ、人間の世の幸せというものを教えてくれた。
魔法使いはたとえ親子であってもべったり甘えたりせず、個を尊重するような関わり方が普通だ。それは恋仲でも夫婦でも変わりなく、絆がないわけではないのだが、人間の愛情表現と比べるとずいぶん淡々としている。
彼女から過剰に注がれる愛に戸惑い、時に窒息しそうになりながらも、僕はそれを嫌だとは少しも思わなかった。
「ここにいてくれるんだよね?」
ふとした瞬間に彼女はすがるような目をして言う。
「ずっと傍にいるよ」
強く抱きしめ、甘い言葉を重ねても、彼女の不安は消えないようだった。
僕が何者であるか、はっきり言葉で説明したわけではないが、魔法使いだということは暗黙の了解になっている。彼女は人間の自分が魔法使いを留めて独り占めしていることを、どこか畏れ多く感じているらしい。離れないと誓った僕の約束も、心の奥深くでは信じ切れずにいるのかもしれない。
組織から重い罰が下されることはもはや確実だが、それが禁錮など収監される類のものだったら、彼女とは引き離されるに違いない。上層部は容赦なく彼女から僕についての記憶を消し、僕の記憶も組織に都合のいいように操作されてしまうだろう。
ここで過ごした日々の愛しい記憶を失くすなど、今の僕には耐えられそうにない。彼女が記憶を消されたくないと、あんなに強く抵抗した気持ちが今なら痛いほどわかる。
だから、彼女と離れ離れにされずにことを済ませるには、もっとも重い魔法剥奪というペナルティを狙うしかなかった。
「あなたに施したのは、修復という魔法で……」
組織にとって秘中の秘である修復魔法のすべてを打ち明けると、彼女は衝撃を受けながらも懸命に理解しようと努めてくれた。けなげさに心が震えた。
この魔法を失うということは、組織からの追放を意味する。上司も仲間も、僕などはじめからいなかったかのように無視し、相手にしなくなるだろう。
そうなったら、最下層の魔法使いの多くがそうしているように、人間のふりをして汗水垂らして働き、彼女とともに生きていくつもりだ。
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