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無視し続けた召還命令は脅しに変わり、仲間の説得を退けると上司がやって来た。
「この罪は重い。処分は免れないぞ」
「覚悟はできています」
彼女と一緒にいるためなら何を犠牲にしてもいい。
上司は執行者として遣わされたらしく、処分内容を通達する、と前置きして重々しく告げた。
「修復対象者の存在を削除し、おまえの記憶からも抹消する」
「そんな馬鹿な!」
愕然とする僕を、上司は蔑みの眼差しで見た。
「自分の存在がどれほど貴重か、自覚がないようだな。一般の魔法と同じように簡単に剥奪されるとでも? 組織がおまえを手放す選択などするわけがないだろう。占い師の父娘は不憫だが、どのみち子孫を残さない運命だから削除しても問題ないそうだ」
「待って下さい! 今すぐ彼女の記憶を消して去りますから、そんな残酷な処分は……」
「もう遅い。それに、これは秘密を洩らした罰でもある」
冷酷な執行者はにべもなく言い切り、彼女の足元を指差した。ぽっかりと深い穴が出現する。
「あっ」
彼女は短い声を残して落下した。
考えるより先に体が動き、僕は彼女を追って穴に飛び込んだ。どうにか手は届いたが、彼女を抱えて魔法で浮き上がろうとしても、落下を止めることすらできなかった。
「馬鹿なことを」
上司の声とともに上から長い棒のようなものが伸びてきた。片手で掴まってぶら下がり、もう一方の手で彼女の手をしっかり握った。
「その娘を落とすのだ」
上司は冷たい声で命令した。ずいぶん長く落ちていた気がするが、穴の縁はすぐ上に見えている。
「そうすれば、全てを忘れて無傷で元の身分に戻れる」
どういうわけか、上司の声は二重にも三重にもかさなって聞こえ、いつか遠い昔に同じ言葉をかけられたことがあるような、奇妙な感覚がよぎった。
この少女の存在をきれいさっぱり忘れてしまえば、僕は何事も無かったように組織に戻り、高等魔法使いとして運命に細工する仕事を続けていくだろう。そしてまた蓄積した歪みでエラーが発生し、禁じ手を駆使して取り繕い、どうにもならなくなったら全て削除して無かったことにするのか。たとえ繰り返されても、何も思い出すことなく僕は……それなら、この既視感はいったい何だ?
「また忘れてしまえばいい」
上司は諭すように、そう言った。
僕の体はわなわなと震えだしたが、温もりを感じる方の手だけは絶対離さないように強く握りしめた。大切に守りたい者の命が、そこにぶら下がっている。
「私のわがままのせいで、苦しませてごめんなさい」
少女の声が、凛とした響きを持って耳に届く。
「忘れてもいいよ」
どこまでも澄んだ目が僕を見上げていた。
そして彼女は一本ずつ、僕の指を外していく。まるで別れのカウントダウンのようだった。
「嫌だ!」
はがされた指を元に戻し、渾身の力で彼女を引き上げる。
「どうかお願いだから手を離さないで……あなたを諦めたくない」
何か熱いものがこみ上げてきて、それは僕の目から雫となってこぼれた。
「二度と戻れなくなってもいいのか?」
上司が見下ろしている。
「身分にしがみつくつもりはありません。どうしてもこの娘を削除するというなら僕も……」
彼女を救えないのであれば、ともに落ちるしかない。不思議なほど心は静かで清々しかった。
「では、おまえの身をもって罪を償うか? すべてを失うことになっても?」
上司の目に慈悲を感じたのは、虫の良い幻覚かもしれない。組織に反した処分を下せば、この上司もペナルティを科されるかもしれないが、権限を持つ高位者である可能性も高い。どちらにしても、慈悲や温情を向けてもらえるのなら、今の僕はそれにすがるしかない。
「お願いします」
上司は無言でうなずいた。
いきなり、掴まっていた棒がもの凄い勢いで上に引かれ、僕達は釣り上げられた魚のように宙を舞って地に叩きつけられた。視界が真っ白になり、頭の中も白くなっていく。全身の力が抜けて起き上がることも出来ない。
「永の別れだ」
その声を最後に、僕の意識は深く、どこまでも深く沈んでいった。
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