魔法と運命

3/12
前へ
/12ページ
次へ
「娘の体を元通りに修復(しゅうふく)せよ」  上司に報告すると、既にわかっていたかのように命令された。 「特殊なケースにつき、その分の報酬(ほうしゅう)は組織が支払う」 「予定時刻の伝達にミスでもあったのですか?」  率直に問うと、わかりにくい説明が返ってきた。 「そうではない。もともと、どんなに代償を用意しても、運命を無理やり変えるというのは摂理(せつり)に反する行為なのだ。繰り返し行えば(ゆが)みが蓄積して、こちらが精査した未来と微妙に違う結果を招くこともある。今回の件は、たまたまその歪みが一気に弾けて大きく時刻がズレたのだろう」  そんなことは初耳で、どうも釈然としない思いはあったが、上の指示には従うしかない。 「次に入っていた仕事は他の者にまわす。おまえは修復作業に専念せよ。完了次第、対象者の記憶を消去して戻るように」 「了解」  肉体の修復というのは、許可なく(ほどこ)してはならない「禁じ手」でもある。それが出来る魔法使いは世界でほんの数人しかいなくて、僕はそのうちの一人だった。  入院中の少女に会いに行くと、集中治療室のベッドに手足の欠けた(いびつ)なミイラが横たわっていた。  包帯の間から、紫や赤や黒に変色して(まだら)になった皮膚が(のぞ)いており、意識の有無はよくわからない。これほどの損傷をすっかり無かったことにするのは大仕事になる。  とりあえず写真か何か、元の姿がわかるものが必要だ。  僕は占い師が娘と暮らしていた家を訪ねた。  門を開けてレンガ造りの家に入ると、やたら人なつこい犬がお腹を空かせていた。茶色の毛に(おお)われた体は大きく、垂れた耳と長いふさふさの尻尾が愛らしい。彼が開けようと悪戦苦闘したらしい、爪痕(つめあと)で傷だらけになった戸棚の留め金を外すと、案の定そこに餌がしまってあった。 「待て待て、今やるから」  戸棚に頭を突っこもうとするのを阻止し、餌皿に山盛り与えてやる。(むさぼ)るように食べはじめた犬を見て、気分が(なご)むのを感じた。ついでに空の給水器も洗って、ボトルに新鮮な水を補充した。  玄関ホールの壁にいくつか写真パネルが飾られてあり、この犬を抱いた髪の長い少女の写真もあった。はじけるように明るく綺麗な笑顔に、しばし見入る。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加