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「娘の体を元通りに修復せよ」
上司に報告すると、既にわかっていたかのように命令された。
「特殊なケースにつき、その分の報酬は組織が支払う」
「予定時刻の伝達にミスでもあったのですか?」
率直に問うと、わかりにくい説明が返ってきた。
「そうではない。もともと、どんなに代償を用意しても、運命を無理やり変えるというのは摂理に反する行為なのだ。繰り返し行えば歪みが蓄積して、こちらが精査した未来と微妙に違う結果を招くこともある。今回の件は、たまたまその歪みが一気に弾けて大きく時刻がズレたのだろう」
そんなことは初耳で、どうも釈然としない思いはあったが、上の指示には従うしかない。
「次に入っていた仕事は他の者にまわす。おまえは修復作業に専念せよ。完了次第、対象者の記憶を消去して戻るように」
「了解」
肉体の修復というのは、許可なく施してはならない「禁じ手」でもある。それが出来る魔法使いは世界でほんの数人しかいなくて、僕はそのうちの一人だった。
入院中の少女に会いに行くと、集中治療室のベッドに手足の欠けた歪なミイラが横たわっていた。
包帯の間から、紫や赤や黒に変色して斑になった皮膚が覗いており、意識の有無はよくわからない。これほどの損傷をすっかり無かったことにするのは大仕事になる。
とりあえず写真か何か、元の姿がわかるものが必要だ。
僕は占い師が娘と暮らしていた家を訪ねた。
門を開けてレンガ造りの家に入ると、やたら人なつこい犬がお腹を空かせていた。茶色の毛に覆われた体は大きく、垂れた耳と長いふさふさの尻尾が愛らしい。彼が開けようと悪戦苦闘したらしい、爪痕で傷だらけになった戸棚の留め金を外すと、案の定そこに餌がしまってあった。
「待て待て、今やるから」
戸棚に頭を突っこもうとするのを阻止し、餌皿に山盛り与えてやる。貪るように食べはじめた犬を見て、気分が和むのを感じた。ついでに空の給水器も洗って、ボトルに新鮮な水を補充した。
玄関ホールの壁にいくつか写真パネルが飾られてあり、この犬を抱いた髪の長い少女の写真もあった。はじけるように明るく綺麗な笑顔に、しばし見入る。
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