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彼女が記憶を欠落していることは、もちろん組織に報告した。だが上司は、肉体の修復だけで十分とあっさり通達してきた。長年つきあいのあった占い師が、組織を信頼して命と引き換えに依頼した仕事なのにと思うと、さすがの僕も上の冷淡さに唾を吐きたくなる。
彼女のためではない。あくまでも仕事として中途半端なのが嫌なのだ。
僕は記憶を修復できる魔法使いにコンタクトを取り、組織を通さず個人的に依頼した。肉体の修復と違い、記憶の修復は禁じ手ではない。むしろ人間がよく依頼してくる仕事であり、この魔法の使い手も少なくはない。
「久方ぶりだのう」
イレギュラーな依頼に応じてくれた魔法使いは、かつて僕が記憶操作を教わった師でもあった。
「これはまた美しく修復したものよ」
魔法で眠らせた少女を見下ろし、彼は目を細めた。
「相変わらず見事な腕を見せおる」
「外側だけです。失った記憶を戻さなければ無傷とは言えません」
「おぬしにしては珍しいことだ」
彼は不思議なものを見るような目で僕を見て、それから気を取り直したように彼女の額に手をかけた。
「もう仕事は終わったのだろう? おぬしの記憶もついでに消しておくか?」
「いえ、まだ完全ではないのです」
自分の口をついて出た言葉に僕も驚いた。
「本当に珍しいことだ」
彼はもっと何か言いたげな顔をしていたが、仕事をこなし報酬を受け取ると黙って去った。
記憶を修復された彼女は、目覚めると、父親の死をひどく悲しんで涙を流した。僕は安っぽい慰めの言葉など口にしなかったが、泣きじゃくる彼女を見ているのは辛かった。こんなに悲しむのなら記憶を戻さない方が良かったのではないかと悔やみもした。
見守ることしかできないまま幾日かが過ぎ、やがて彼女は少しずつ落ち着きを取り戻し始めた。
「あなたがいてくれて良かった」
久しぶりに笑顔を向けられた時、記憶修復を施したのは間違いではなかったと、心の底からホッとした。
自分の怪我と父親の死が重なっている理由について、彼女は何か察しているようではある。
「本当は何者なの?」
聡明な光が宿る目で尋ねられるたび、魔法で意識を失わせて逃げた。
その若さにふさわしく軽やかに動く肢体を見れば、もはや僕の力を必要としていないことがわかる。記憶を消して立ち去る時期が来たとわかっていながら、あと一日、もう一日と先延ばしにしてしまう。理由はすでにはっきり自覚していたが、素直に認めることもできなくて、自分に言い訳ばかりしていた。
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