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「いつまでもぐずぐずと、いったい何をしているのだ! さっさと戻れ!」
ついに召還命令が下された。次の仕事が僕を待っている。
「あの厳しい修行の日々を無にするわけにはいかない……去り時か」
組織に属する魔法使いである以上、ここに留まり続けることは不可能だ。
魔法使いが特定の人間、それも自らの手で運命を変えた人間に寄り添って生きるなど、我々の世界の常識では狂気の沙汰である。もし人間のために組織を離脱などすれば、こそこそ裏稼業で生きていくしかなくなり、魔法使いの仲間からも爪弾きにされるだろう。
それに……ここで彼女と暮らし続けたら、僕はいつか秘密を話してしまいそうで怖い。
肉体の修復が禁じ手である理由は色々あるが、この魔法自体、我々の世界でも伝説として語られるような存在で、現実に可能な魔法だと知っているのは組織でも高位の者に限られている。僕がこれを習得させられたのは、亡き父が同じ秘術の使い手だったからだ。
崩れた肉体を元どおりにする修復魔法は、治療などの医療行為とは似て非なる性質を持つ。
人間でも魔法使いでも、修復を施された者の体は時を止めたように老いることも病むこともなくなる。だが、それは施術した魔法使いが寿命を迎えるまでのことだ。施術者の死によって修復は無に帰す。つまり、一瞬にして修復前のおぞましい姿に戻ってしまうのだ。そうして再び時を刻みはじめた肉体は、病苦や老いにさらされ、苦痛やダメージの深刻さによっては死を免れられなくなる。
対象が高位の魔法使いに近い者であるなら、組織をあげてこの問題に対処することも出来るかもしれないが、施されたのが人間である場合、修復に関わる記憶は消されてしまうため、そんな魔法をかけられたことすら知る由もない。
彼らの体感としては、突如として不老不死になり、長い年月の後また前触れもなく急に修復前の状態になって苦痛に苛まれ、その理由も原因もまったくわからないということになる。
その残酷さゆえに、この魔法は禁じ手であるとともに、人間には絶対知られてはいけない秘術でもあるのだ。
だから僕には、彼女が年を経て少しも老いない自分に気付いた時、どうしてなのか教えてやることも、傍で支えることもできない。
そんなことをしたら、長期禁錮や魔法剥奪などという重いペナルティを科されてしまう。もし、苦労して習得したこの高等魔法を剥奪されたら、僕は最下層の魔法使いとして使い走り程度の仕事しかできなくなる。そんな屈辱には、とても耐えられそうになかった。
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