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「いくぞぉ!」  威勢のいい掛け声がひびく。地面に置かれた白黒模様のサッカーボールを男は、蹴った。ボールは放物線に弧を描き、数十メートル先にいた男の近くへと落ちる。  彼らは林に囲まれたグラウンドにいた。普段は少年たちが草野球をしている場所だった。  慣れ親しんだグラウンドで計算高くボールをコントロールした男は、衣岬(きぬさき)カケルという。動きやすいラフな服装であった。彼は少々名が売れてきた小説家だった。一段落つき、気分転換も兼ねて高校時代の友人とともにやってきた。  空には雲が出ているものの、穏やかな陽気だった。 「行くぞぉ!」  友人の男が、右手を上げる。 「おぉ!」  センタリングでもあげるつもりなのか、とカケルは呟いた。  高校時代、友人はMF(ミッドフィルダー)で何度となくセンタリングで、ゴールに導いた。  友人がボールを蹴ったようだ。ボールが弧を描くどころか、カケルの頭上を飛び越え、グラウンドの奥に広がる林の中へと入ってしまった。 「サトル、腕、落ちたんじゃないのか?」 「わりぃ、わりぃ」  大声で友人の棚橋(たなはし)サトルが、申し訳なさそうな顔で、お辞儀を繰り返している。カケルと違いサトルは、小学校の教諭に就いたからだ。温和な性格で子供からも好かれているらしい。子供相手にボールを蹴ることもなくなったのだろう。  カケルは林のほうへと駆け出した。 「僕も行こうか?」  サトルの問いかけにカケルは振り返ることなく、大声だけを張り上げる。 「いいや、いい。そこで待ってろ! すぐ戻る」
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