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prologue
貴方と出逢ったのは、春雨の降る夕方でした。
貴女と出逢ったのは、春雨の降る夕方でした。
1つの傘が、私達を、俺達を再び繋いでくれました。
* * *
約一千年前。世が平安と呼ばれた頃。
しとしとと降る雨の中、あばら家の前で雨宿りをしている人影。重たい雲の中から降り注ぐ水を、憂鬱そうに見上げた。
「笠も何も持ってきていないのに…」
せめて市女笠姿で来るべきだったか。そうすれば雨など気にしなくてよかったのだ。
仲間の女房達がさぞかし心配していることだろう。
ふと、雨で白くなっている路から足音が聞こえた。牛車の音でもない。明らかに徒歩だ。
その人影は、目の前で立ち止まった。
「やっぱりこんなことだろうと思った。帰りが遅いから気になって来てみれば…」
苦笑まじりな口調で笠を差し出した。
「とっ、時成様!?」
「何を突っ立っているんだ?早く帰るよ、莉紗」
本当の名前で呼ばれ、莉紗は顔を赤くした。
「莉紗じゃありません!私は時成様の女房、藤小属(とうのしょうぞく)です!何度言ったらわかるんですか!」
「別に良いじゃないか。本名のほうが呼びやすいし」
時成は構わず歩を進める。莉紗もその後に続く。雨は相変わらず止まない。
「俺達は幼馴染なんだから、別にお互い呼び捨てでも良いと思うんだけどな」
「ダメです。時成様は良いとして、私はダメです。一応身分は貴方の方が上なんですから」
真面目だなあと呟く時成。しかし何処か寂しげだ。二人は雨に打たれながら。路を歩く。もう少しで邸だろう。
この時間がもう少し続けば良いのに。そんな思いも僅かながらあるのだ。二人は門扉を開け、帰宅したことを知らせた。
* * *
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