拾ったお金が日本円じゃなくてどこの国かわからないコインだった時みたいだ。

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拾ったお金が日本円じゃなくてどこの国かわからないコインだった時みたいだ。

 僕ちゃんには天井しか確認できなかった。  真っ赤な天井だ。  そして彼女はそこにいた。  また同じように僕ちゃんを覗き込んだ。  赤い皆既日食のようだ。  そしてまた同じようにゆっくり話し始めた。  「あら、起きたのね。おはようございます。ご気分はどうかしら?」  「んーあー、気分? 気分、気分。どうかな? まぁ、悪くもないんだろうけど、まだうまく頭が使えないんだ」  「なるほど、頭がうまく・・・、ね」  彼女はもったいぶった表情をして、確信が持てるまで間をおいた。  「とりあえずと言うか? まず、お伝えした方が良いのは、今、僕ちゃん、あなたは目と口以外はほとんど動けない状態、だと言うことと、万が一動いたり暴れだしたりした時には、身体を拘束しなければならない、ということをお伝えしておきます」  「ほんと、まったく動けないや、なんでですか?」  「自分でゆっくり思い出したほうが良いのだけれど、まず」  「まず?」  「そうね、まず」  「まず。なんでしょう?」  彼女は僕ちゃんの顔を鼻先で照準をあわすように覗き込み、話し続けた。  「頭の天辺から頸椎を通り越し、傘が貫通しています」  「傘が貫通? まさか?」  「その、まさかです。僕ちゃんさん」  「信じられないなぁ、鏡を見せてもらえないですか?」  「それはできません、残念ながら」  「いや、でも見てみないことには、なにもわからないじゃないですか?」  「見たらショックを起こしてパニックになってもいけないので、そこはご勘弁ください。とにかく、近日中に治療に入りますので、ご了承くださいね」  「なるほど、どうやら相当なんだな。怪我の方はわかりました。で、病気は、何ですか?」  「病気は、100年前には難病指定で、そこそこメジャーだった、モヤモヤ病です。脳の動脈や、その他の血管をちょいちょい、ナノロボットととりかえるだけなので、安心してください。今の時代の医療ではナノテクノロジーで、お茶の子さいさいです。まずは、頭に刺さった傘を抜かないといけません、治せるようになったとはいえ、生存確率はフィフティフィフティです。ある程度の覚悟は必要ですよ。この状態で生きてるなんて、なかなか不思議」  「メジャー? なかなか不思議? そりゃあ、大変だ」僕ちゃんはなかば腑に落ちない態度をとった。  拾ったお金が日本円じゃなくてどこの国かわからないコインだった時みたいだ。    「このまま動けないままで生きていくのはしんどいなぁ、ところでどんな傘なのか教えてくれませんか?」  「どんな? まぁ、そう、ただのビニール傘です」  「ただの」  「そうです。ただのビニール傘で、レモンの柄がプリントされてます」  「あぁ、レモンの」  「ま、そうです。そのレモンです。覚えてましたか?」  「えぇ、夢に出てきましたから」  僕ちゃんは夢に出てきたレモンツリーを思い出していた。  僕ちゃんにはレモンの木を持ち歩く女性の姿がおぼろげに浮かんでいた。  あれは傘だったのかぁ・・・。  「そういうことです」  「え? あっ、そうでしたか、そうかぁ・・・」    僕ちゃんはこの瞬間からまた2日間ほど寝てしまった。
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