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傘の話
俺の一番の友人は正確に言うなら友『人』じゃない。水をこよなく愛し、また、自らも水に愛されている明治時代から生きる人外だ。元は人間で、書生だったらしい。今でもその名残かはたまた気に入っているからか、明治からかなり進んだこの世でも書生姿で過ごしている。
俺はそんな彼、通称『孤独さん』のもうだいぶ長い付き合いになる友人だ。字面で分かるかもしれないが、孤独さんというお方はマイペースな性格と水以外に興味を示さないことが原因で周囲との繋がりがとても薄い。俺はそんな孤独さんの激レアな友人の一人。『怪異大好き野次馬野郎』と名高い俺から近づき紆余曲折を経て、今では談笑しながら隣に並んで歩いている。
さて、先ほどちらりと言ったように孤独さんは水がお好きだ。水を自由自在に操ることができる。属性分けするのならもちろん水属性。怪異を見物に行った先でちょっかいを出して怒らせ追いかけられるような状況になった時、孤独さんは水を武器に相手を叩きのめす。その様子は思わずうっとり見とれてしまうくらいにキラキラと眩しく美しい。
だが欠点というものは何にでも存在する。もちろん孤独さんにも。孤独さんの欠点、それはたまにこちらへものすごい量の水が飛んでくるのだ。飛び火ならぬ飛び水。それを俺は大体避けきれず、ずぶ濡れになる。え? それは欠点じゃなくて避けられない俺が悪い?
……まぁ、とにかくソレが、ソレだけが孤独さんが怪異と戦うのを見物する上で非常に困っている。だって毎回毎回観戦後にパンツから着替え直してるんだぜ? しかも野外で。時間帯が真夜中だから誰かに目撃されることはないがそれでも野外で全裸は嫌だ。俺にそんな趣味はない。孤独さんからの氷水みたいに冷たい視線も気になる。
「そういう趣味なの?」
「んなわけねーッスから!」
なんてやりとりを何回したことか。特に先週の観戦後、何十回目かの着替えの際にはいかに俺が毎回の着替えを嫌に思っているかを切に語った。それはもう長々と。時に声を大きくしながらの力説だ。中盤辺りから飽きたのか水と戯れていた気がするけどそれでも俺は語り切った。そして一週間後の今日。孤独さんから傘を贈られた。
「え、なんスかこれ」
「傘だよ」
それは見ればわかる。かなり立派な和傘だ。開いてみれば濃い青地に白い水飛沫が舞う、躍動感に溢れた柄。手触りもいいし、相当お高い逸品とみた。
「なんで傘を俺に?」
「先週の君の力説、うるさかったから」
人の切実な訴えを『うるさい』の一言で片付けられたのにはちょっと、いやだいぶひっかかりを覚えたが、それでも熱意は伝わっていたということか。
「でも俺、傘ならコンビニのビニール傘持ってますよ?」
「それって普通の傘でしょう?これはいろいろと術をかけてあれそれした傘だよ。防水機能抜群」
防水機能って、傘は元々防水のためのものじゃ……?
「具体的にどんな防水機能なんスか?」
「そうだねぇ……例えばどんなに横なぐりの雨でも絶対に濡れないし、間違えて水たまりを踏んでも染みてこない」
「えっ最強」
これさえあればもう靴下が濡れたことによる不快感とおさらばできるじゃん!
「大抵の水属性怪異からの攻撃も効かないよ。防水機能というよりか、水難避けの傘だね」
「超やっべーッスね。ち、ちなみになんスけど……この傘をさした状態で海に入ったらどうなります……?」
「まぁ、割れるよね」
「海が⁉」
「海が」
そいつはやべぇ。ぜひ試さねば。そうだ、暑い暑い夏が来たらこの傘を持って孤独さんと一緒に海へ行こう。そう心に決めたとある梅雨入り前の夜の話。
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