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「もしかして、お家の人が迎えに来るとか?」
吉岡さんは反応しない。肯定しないということは違うのだろう。僕は傘を開いた。
「じゃあ途中まで一緒に帰ろうよ」手招きする。上手く聞こえてないとしても仕草を見れば分かるだろうと思った。しばらく間を空けて、
「別にいい。大丈夫だから」
吉岡さんは細い声で言った。僕には大丈夫なようには聞こえなかった。
「でもさっきから帰ろうとしないし。本当に大丈夫なら今ここに居ない筈じゃん」
しばらく言葉を吟味するように再び間を空けてから、吉岡さんは答えた。
「……雨が弱くなったら帰る」
「いつになるか分かんないって。会話したくないならしなくていいから」
僕は傘を開いたまま吉岡さんの隣に並んだ。吉岡さんはすっと身を退いて傘から出てしまう。そしてまた、細く枯れた声で呟いた。
「止めときなよ。噂される」
吉岡さんは自分を抱くように腕を擦った。首をきょろきょろ動かしている。僕は傘を揺らしながら、言葉の意味について考えた、が、分からない。噂とは。
「どういう意味?」僕は首を傾げた。
「わ、分かんない? ほら。なんか、あるじゃん。あ、相合傘、みたいな」
吉岡さんは指をもだつかせたり頭を触ったりとそわつき始めた。何を気にしているのか分からないが、僕は別に、帰れればいいだけだった。
「それが何かあるの? 吉岡さんが困ること?」
僕はまた、吉岡さんを傘に入れた。僕は濡れて帰るのも、並んで帰るのもどっちでも良かった。彼女が雨の中で走らずに済むならどちらでも。
傘の下で、吉岡さんは祈るように両手を握っていた。僕は待ったが吉岡さんは何も言わない。了承してくれたのだろうか。
「それじゃ、帰ろっか!」
僕が言うと吉岡さんはしばらく固まっていたが、震える手で傘の持ち手の先を握った。借りたいのだろうと思った僕は、そのまま渡してしまおうと手を離した。すると、傘は地面に落ちた。
「あれ?」僕は拾って渡そうとする。吉岡さんは受け取らない。
「一緒に並んで帰る?」聞くと、吉岡さんははっきりと頷いた。そして、自ら傘に入って言う。
「何か、喋って」
吉岡さんはようやく顔を上げた。その真剣な眼差しに少し照れつつ僕は話題を探した。
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