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「あと! 喋る時くらいじっとして。笠山くん、喋りながら動くから何言ってるか分かりにくいの!」
名前覚えててくれたんだ。僕は喜びを噛み締めるのと同時に恥ずかしさも味わった。「僕、そんなに動いてる?」他の友人から見てもそうなのだろうか。無意識のところを指摘されるのはむず痒い。
吉岡さんは頷いて、
「聞き取れない時は口の動きを見るから、だから、別に大きい声じゃなくてもいい」
そう言い難そうに教えてくれた。教えてくれたということは、期待してもいいのだろうか。
「分かった! 気を付ける! じゃあ明日声掛けてもいいの?」
「それは……」
「それは?」
「ダメ」
「えー!」
駄目なの!? 「は、話し掛けたのが駄目だったってこと?」僕が聞き返すと、吉岡さんはむすっと口元を引き結んでしまった。答える気は無いという意思表示なのか、しかし僕は諦めない。
「内容次第なら良かったりする?」
「……何でそこまでするの」
吉岡さんは疑問と、不安とが混じった声で言った。僕は改めて考えてみる。最初は、声を聞いてみたくて話してみたかっただけだ。今は、話したくて話したかっただけ。というのは理由として変な気がする。良い言葉を探したが、見つからなかった。
「うーん。な……何でだろうね?」
「ええ?!」
吉岡さんは素っ頓狂な声を上げた。僕はそれが可笑しくて少し笑みを浮かべた。
「いや僕も正直よく分かんないんだけど、折角仲良くなったしさ」
「仲良く、なった?」
「疑問形?!」
僕は軽くショックを受けた。吉岡さんはツンと澄ましているが、口元がにやけている。もしかしてただの意地悪だろうか。僕は何か言い返そうとしたが、吉岡さんが細く息を吐き出したので黙った。覚悟を決めているような雰囲気を感じて、僕はただ待った。
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