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やがて吉岡さんは、手を握り締め地面を見ながらぽつぽつと話し始めた。
「私は、みんなと同じように生活してるつもりなの。
だから、『大丈夫かな?』って気を使われるのが嫌。笠山くんがそういうことをしないなら、ただの、雑談なら別に、ちょっとくらいなら……別に……」
「駄目じゃない?」
吉岡さんは落ち着かず指を動かしていた。先を言いにくそうにしていたので僕が引き継ぐ。すると吉岡さんは顔を逸らしながら、
「まあ」と、了承の調子で小さく呟いた。
「分かった! じゃあちょっとだけ声掛ける!」
僕が意気込むと、吉岡さんは「それも何か違う気がする」と不服そうにしていたが満更でもなさそうなので良しとした。
「これ返す」
吉岡さんは傘の持ち手を僕に渡そうとした。僕は手を出しかけて引っ込めた。これを受け取るのは寂しい気がしたのだ。
「吉岡さんが持っててよ」
「何で」
彼女は持ち手を指で支えている。今にも落ちそうだが僕は手を出さない。
「その方がいいから」
「私は嫌だ」
「僕に文句がある時、傘差して待っててよ。全部聞くから。この方が話しやすいでしょ」
何が良くて何が悪いのか分からないから、いちいち全部言って欲しいと思った。今日みたいに。傘があれば声も聞こえやすいし近くで話が出来る。
吉岡さんは一歩後退って、僕が傘からはみ出したのに気付いて一歩進んだ。
「いいの、傘、そのまま貰っちゃうよ」
声を裏返しながら、小さく呟いた。それがどんなに小さくても、同じ傘の下なら僕は聞き取れる。
「僕のお古でいいならいいよ」
「ああもう! もう、知らないから、傘が無くて困っても知らないからね!」
吉岡さんは怒っていた。しかし僕は、困らないだろうと思う。雨の日にはきっと、吉岡さんが迎えに来てくれるからだ。僕の傘を持って。
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