声を聞かせて

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 クラスに、軽度の難聴の子がいる。雑音が多い場で特定の声を拾うのが難しいらしい。その所為かいつも一人で、教室の隅で身を縮こませている。長い髪で、俯いていて、顔もよく見たことが無い。  雨の放課後、その子が屋根の下で立ち尽くしているのを見つけた。僕は彼女と会話をしたことがなく、周囲に人も居なかった為、好奇心から声を掛けた。 「ねえ、えっと、どうしたの?」  彼女の名前が思い出せなかった。確か、吉田、吉川……吉岡さんだ。気付いていないようなので再び、今度は軽く肩に触れながら言った。 「吉岡さん。どうしたの?」 「ひゃっ」  彼女は飛び上がりそうなほど驚いた。幽霊にでも会ったような反応だ。悲鳴が小さくて、小鳥みたいな声だった。 「何、何?」  吉岡さんは怯えた目で僕を見た。目元に少し前髪がかかっていて、細かい感情は読めないが、とにかく僕は彼女を怖がらせてしまったのだと分かった。両手を上げ、降参の恰好をして(意味があるのか分からないが)僕は声を潜めた。 「えっとね、どうしたのかなって思って」 「……もっと、大きい声で言ってくれると助かるんだけど」  罪悪感の籠った、疲れたような言い方だった。僕の声は雨音にかき消されてしまったようだ。彼女を脅かさず雨音に負けないような声量、なんて難しい。僕は気を使い、ぎりぎりの音量を探した。 「こんなところで何してるの? あ!」  そこで気付いた。もしかして、 「傘持ってないとか?」  僕は自分の傘をかざしながら言った。吉岡さんはぎゅっと口を結んで、頭をふらふらさせていたが、やがて控えめに頷いた。  それならと僕は傘を差し出した。 「使っていいよ。僕走って帰るし」  僕は濡れても兄のお古の制服があるから困らないし、久々に雨を浴びるのも楽しそうだと思った。しかし吉岡さんは頑なに傘を受け取らない。 「遠慮しないでよ。別に親切とかじゃないし」  単に吉岡さんの声を聞いてみたかっただけだ。彼女は俯き気味に、噛み付かれないか心配するように上目遣いで僕の顔を盗み見ていた。僕は、頑なに拒否される理由を考えてみる。
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