人面魚の話

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人面魚の話

 孤独さんと夜釣りに出かけたことがある。夜中の散歩の途中でばったり出くわし、釣りに行くんだと言っていたので同行させてもらったのだ。  着いたのは近所の川。夜釣りって海のものだと思っていたからちょっと意外だった。でもまぁよくよく考えたらこの町は海に隣接しているわけじゃないし、海へ行こうものならかなり時間がかかる。むしろ気軽に行ける場所で良かったのかもしれない。  水の跳ねる音が不規則に聞こえる暗闇の中で特に会話もせずに獲物を持った。月のない夜だったので本当に暗かった。川は黒く塗りつぶされ、万が一にでも落ちてしまったら二度と戻ってこれないのではと思うほどに。孤独さんはそれに慣れているらしく、いつも通りの何を考えているのかよくわからない顔で釣り糸を垂らしていた。  十数分後、釣竿が大きくしなった。かなり大物らしい。孤独さんが上手い具合に引き寄せ、数分の格闘の後に釣り上げたソレは、 「ハァイ……やっだ! イケメン! アタシってばラッキー!」  可愛い女性アイドルを思わせる顔に無精ひげを生やし、野太い男声でカマ口調を操る人面魚。金魚みたいに口をパクパクさせている。水関連の怪異なので孤独さんにとっては『当たり』なのだろうが、正直に言うと俺にはハズレにしか見えない。 「リリースですよね? 持ち帰ったりしませんよね⁉」 「キャー! お持ち帰り⁉」 「ちょ、人面魚は黙って」 「え、ダメなの?」 「ダメッスよ! 考え直してください!」 「ぜひ持ち帰ってちょうだい! やかましい平凡顔ボウヤは嫌だけどアナタになら食べられてもいいわ!」  テメェ人が気にしていることをよくもまぁ。この近年稀にみる大ハズレ(俺調べ)、孤独さんが強く興味を持つ前にリリースさせないと……。 「へぇ! 食べられるんだ。何味なの? 興味あるなぁ」  ちくしょう遅かった! さすが水関連への食いつきがすごいことに定評のある孤独さん! 今ここでそれを発揮してほしくなかった! 「ま・ぐ・ろ! うふっ……試してみる? あなたになら試されてもいいわよ!」  頼まれたって金積まれたって試したくな……ん? 「孤独さん?! 包丁とまな板取り出してなにするn」  実はその後のことは覚えていない。孤独さんを止めることに成功したのだと思い込みたいが、その度にとろけるような上質な鮪の味を思い出す。
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