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傘盗まれた。
どうも正確には取り違えられた。
あ、似てる傘あるな〜とか思ってた一時間前の自分はのんきだった。
どこにでもあるような白地に黒い模様。でもこっちはハートでそっちは水玉なんだけど。なんで間違えられるかな。
ぽつんと残された水玉の傘片手に受付の顔見知りのお姉さんに被害を訴える。定期的に来られる方ならあちらが気付いていれば一ヶ月後には返ってくるとは思うんですけどそれ以上のことは……とお姉さんも困った様子。そりゃそうだ。傘の持ち主なんていちいち覚えてないもんね。
残された傘使いますか?ときかれたけど間違えた人がすぐに戻ってきた場合に困るだろうから断った。持ち主に置いてかれた可哀想な傘は預けた。
コンビニに駆け込み黒い柄のビニール傘を買う。なんて味気ない。世の中に百億本くらいはありそうな傘だ。私は続けて100均に向かう。
100均ではシールを買った。普通のちっちゃいのではなくウォール用とか窓ガラス用と書かれている大きめのインテリア用のシールだ。100均にはいろんなものがある。便利。
帰宅。濡れた傘を玄関先で思いっきり振り回して乾かそうとしたけど全然乾かない。しょうがない明日にしよう。
翌日、私は一晩経ってすっかり乾いた傘を部屋で広げていた。傘の内側にシールを貼っていく。犬とか猫とかペンギンとか鳥とかデフォルメされた可愛い動物たちを貼ると味気のない個性のないビニール傘はすっかり自分の色を手に入れた。
「あとは手元だな……」
人は傘を取るときビニール傘のビニール部分なんてめったに見ない。一番見るのは手元だろう。
「お姉ちゃんマニキュア貸して白いの」
「はいはい」
お姉ちゃんは二つ返事でマニキュアを貸してくれた。いっぱい持ってるブランド物の高いのじゃなくて数百円の練習用の安物だ。
「こぼさないようにね」
心配された。お姉ちゃんはいつもそう。私をいくつだと思ってるんだろう。
借りたマニキュアを傘の手元に塗りつけていく。丸いからうまく描けない。本当はもうちょっと凝ったものを描きたかったけどボーダー模様で妥協した。
貼るだけで良かったシールとは違って引いた線は不器用な私のせいでヨレヨレだったけど個性は出た。
間違える人はいないだろう。
私だけのビニール傘完成だ。
来月に自分の傘が戻ってくるまで雨の日はこの傘とお出かけするのだ。この季節だ機会はいくらでもあるだろう。
だけど来月までに私だけのビニール傘を使う日は来なかった。
それどころか来月になって自分の傘を取りに行くこともできなかった。
雨の日はあった。
でも、外出ができないから使う必要がなかった。
私は入院してしまった。
傘を取り違えられたかかりつけの病院の入院病棟で私はぼんやり雨の降る外を眺めていた。
取り違えられた傘は無事に持ち主に気付かれたようで受付のお姉さんがお母さんに渡してくれていた。
私と再会することもなく白地に黒い模様のハートの傘は私より先にお家に帰った。
今日は絶好の雨日和だな。あの傘使いたかったな。
夕方、ご飯前、仕事上がりのお姉ちゃんがお土産を持ってきてくれた。
「ナニコレ」
「つけ爪」
そのつけ爪の絵柄は見覚えがあった。
「お姉ちゃん私の傘使った!?」
「使ってないよ、広げてあったの見ただけ」
つけ爪には私がビニール傘に貼り付けたシールの動物たちによく似た絵が描かれてた。
「すごーい。あれでもこれは知らない」
「動物の数が中途半端だったからそれはお姉ちゃんのオリジナル」
お姉ちゃんのオリジナル図案の動物はバクだった。なんでバクなの。好きなの?
「どうりでデフォルメのクオリティが低い」
「言ったなこの」
お姉ちゃんは腕組みをして怒ってますのポーズをした。
「つけてつけて」
「ダメ。退院したらつけてあげる。約束ね」
「うん、約束」
その夜、私は夢を見た。
雨の中、デフォルメされた動物たちと行進する夢だ。傘もさしてないのに不思議と雨は私に当たらない。
私たちは虹に向かっている。大きくて遠くにある虹にどんどん近づいていく。いっぱい歩いているはずなのに不思議と疲れはない。
こんなに遠出するのはいつ以来かな。
虹がもう目前にある。動物たちは次々と嬉しそうに虹に向かって走っていく。
私も走り出そうとして、思いっきり足をバクに噛まれた。
一匹だけちょっと画風の違うバクが私の足を噛んでくる。
「痛い!」
思わず叫んだけど夢なので痛くはなかった。
とりあえずバクの勢いがすさまじい。絶対に離すものかという意思を感じる。バクって肉食なの?私のやせ細った足はそんなにおいしいの?
私は困る。足を止める。虹はもうすぐそこまで来てるのに。私は虹にたどり着けない。
バクが私の足を噛みながら頭を上げた。目が合う。バクの目には涙が浮かんでた。やっぱり私の足は不味いのかな?
バクが噛む力を強める。美味しくないくせに。やっぱり痛くはない。痛くはないけれど動けなくて、私は虹を見る。虹は遠ざかっていく。バクを残して動物たちも遠ざかっていく。
「バクは行かないの」
私はなんとなく質問した。
行かないよ。行かないで。そんな声が聞こえた気がした。
私は目を覚ました。
お母さんが言葉にならない叫びを上げてよろけるのをお父さんがしっかり支えてるのが見える。お姉ちゃんが涙をためた目でこっちを見てた。
かなり危ない状況だったらしいとあとから聞いた。
それから十一ヶ月が経った。
また雨の季節が来た。
私のお出かけのお供はビニール傘とお姉ちゃんの作ってくれたつけ爪。
つけ爪はあの後に何個か作ってくれてクオリティの低いバクはもういない。傘もシールが剥がれたり新しいのをつけたりした。
傘を取り間違えられることはもうなかった。
私は今日もお気に入りのものとお出かけする。
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